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風邪を引いた日

 テオの様子が可怪しいと気がついたのは土曜日の朝。なんだがぼんやりしていて、目はうつろだ。


「テオ、どうしたの? なんだか具合が悪そうだよ?」

「ゆい……なんだかあたまがぼーっとするんだ。……ックシュン!」


 乾いたくしゃみをするテオの耳を触るとやたらに熱い。鼻はからからに乾いていた。


「て、テオ! もしかして病気!?」

「びょうき……。わからない。テオ、びょうきしたことないから」


 私は慌ててお姉ちゃんの書斎を開ける。急に開けられたのでお姉ちゃんはぎょっとしていたが、それより私の狼狽えの方が勝っていた。


「お姉ちゃん、テオ、テオが、なんだか具合悪そうなの! ええっと、病院、病院に……あの、ええっと」


 お姉ちゃんはなにやらチャット画面に打ち込み、ヘッドホンを外して私に歩み寄ってデコピンをする。


「落ち着きなさい、由比。主人であるあんたがオロオロしてどうするの。テオくんが歩くのも辛そうなら弟切に車……は無理ね。幻獣の伝染系ならパンデミックになっちゃうから。湘に車で連れてってもらいなさい。すぐに」

「わ、わかった……。お兄ちゃんに頼んでくる」


 お兄ちゃんに事情を説明すると二つ返事で了承してくれた。私はテオを支えながら後部座席に座る。幻獣病院につくまで、テオはぐったりと私にもたれ掛かっていた。

 幸いにも病院は空いていて、お姉ちゃんが事前に連絡を入れてくれていたのだろう。すぐに診察室に入れてくれた。


 巧先生はテオの耳に体温計を差し込みスイッチを入れる。表示された数字は40度。獣系統の幻獣の平熱が38度なことも考えても高かった。念の為にとあれこれ検査されたが、結論は簡単なものだった。


「軽い風邪だな。早めに気がついて良かったな、東條のちびっ子。少し脱水症状を起こしているから、念の為に点滴をしておこう。美雪、処置は頼んだ」

「はい、先生。テオちゃん、歩ける? こっちにいらっしゃい。大丈夫よ、痛いのはちょっとだけだからね」

「ゆい! ゆい!」


 テオの悲痛な声が聞こえ、私は慌ててテオに駆け寄る。あまり興奮しても熱が上がるだけだ。私は処置室に入ることを許されて、ベッドに横たえられたテオが怖くないようにぎゅうと抱きしめる。その間に美雪さんはテオの腕の毛を小さく、軽くバリカンで刈り取り、さっと針を刺してしまった。点滴の落ちるスピードを緩めながら美雪さんは言う。


「この点滴には解熱鎮痛の効果のあるお薬も混ざってるから安心してね。今すぐにお熱は下がらないと思うけど、ゆっくり効いてくるわ。あとは消化にいいものをしっかり食べさせてあげて、先生がくださるお薬を3日も飲めば元気になるわよ」

「そうですか……。よかったね、テオ。すぐによくなるって。……テオ?」


 テオはいつの間にか寝息を立てていた。初めてのことが多すぎて疲れたのだろう。


「そういえばもうすぐ節分ですものね。邪が一気に押し寄せて、それがテオちゃんのこっちに慣れてない体を蝕んだのかもしれない」

「節分……そうですね。そうかもしれません」

「道楽で幻獣を飼育してるお宅じゃなくて、魔術師の家に召喚された幻獣なら仕方ないのかもしれないわ。おまじないにしかならないけど、無病息災のお豆、ちゃんと食べさせてあげてね」

「年の数だけ……ってやつですか。……そういえば、テオ、いくつくらいなんですか? テオに聞いても、覚えてないって言われちゃって」


 それを聞き、美雪さんはうーん、と唸る。


「この体躯と毛艶だと、120才ってところかしらね……」

「120!?」


 私が大声を上げると、美雪さんは人差し指を立てて静かに、のポーズを取る。そして、続けていった。


「シオドミアンのワーウルフの平均寿命は確か150才くらいだったはず。でも、これはワーウルフ狩りが横行していたからで、普通に生きられれば300才くらいは生きるものだって、前に巧先生から聞いたことがある……。ええと、確か150才で大人とされて、それから100年かけて老化していくはずだったと思うわ。長生きのワーウルフで300才くらいね。だから、今のテオちゃんの年齢は人間に換算したら12才から15才ってところかしら……?」

「はー……そんなものなんですか。美雪さんも詳しいですね……」

「全部前にテオちゃんが来たあとに巧先生に聞いた話だけどね」


 テオ、そんなに歳を重ねていたのか。そして心はそんなに若かったのか。そう思い、テオの被毛を少し撫でる。テオは小さく身じろぎするだけで起きる様子はない。


「由比ちゃんはテオちゃんのそばにいてあげて。あと30分もすれば点滴が落ちきるから、その頃にまた様子を見に来るわね」

「はい」


 穏やかに寝息を立てるテオをまた撫でる。ごめんね、テオ。もっと早く気がついてあげられたかもしれないのに。


 薬を貰って、帰り道の車の中、まだうとうとしているテオを撫でながら私はお兄ちゃんに言う。


「テオ、人間にしたらまだ12才から15才くらいなんだって。テオが大人とみなされるのはあと30年も先なんだって、美雪さん言ってたよ。シオドミアンのワーウルフは長く生きると300才くらいになるって」

「はー……。じゃあ、由比がテオを帰還させる陣を覚えるか、たっぷり長生きしてやらないとテオの最期は看取ってやれないなぁ」

「うん……。でも私、帰還はさせたくないな。シオドミアンはワーウルフ狩りがすごいらしいから、テオ、殺されちゃうかもしれないもん」

「じゃあ、由比がエノシマさんみたいに長生きして看取ってやんなきゃなぁ。それか、血の盟約を子孫に託すか」

「そんな先のこと解んないよ」

「それもそうか」



 お兄ちゃんは笑いながらアクセルペダルを緩く踏み、スピードを落とす。家はもうすぐだ。


「テオ、節分には年の数だけ炒り豆を食べるんだよ。西の方では恵方巻きって文化もあるらしいけど、うちではやらないんだ」

「まめ、たべるの? たくさん?」

「テオは風邪引いてるから、15個だけ食べようね。この国に伝わる、無病息災のおまじないだよ。うちでは落花生を撒くんだ。その方が掃除もしやすいからね」

「らっかせい……って?」

「ピーナッツってあるでしょ? あれの殻のついたやつ。うちじゃ食べるのも煎り豆じゃなくて、落花生だから」

「そうなんだ……。えほうまき、っていうのは?」


 ……なんだっけ。西の文化にはあまり詳しくないから解らない。そういう食べ物があるのは知ってるけど……。私が言葉に詰まっていると、お兄ちゃんが言った。


「でっかい巻き寿司だよ。その年の福が来るっていう方向を見ながら、お祈りしながらまるかじりする。1本食べきるまで声を出したらいけないんだってさ」

「おすしかぁ……。テオ、おすしはあまりとくいじゃないから、ひがしにしょうかんされてよかったなぁ……」


 そういえばテオは酢が入っているものはあまり喜んで食べないな、ということを思い出して笑いがこみ上げてくる。


「豆まきは一緒にしようね。うちは魔術師の家系だから、福は外、鬼は内だけど」

「ふつうのいえはちがうの?」

「普通の家は鬼は外、福は内って唱えながら撒くの。でも、うちは魔術師でしょ? 悪いものを引き受けなきゃいけないし、悪いもののパワーを借りて魔術を使うから、普通の家が追い払った鬼……悪いものを引き受けるの」

「そうなんだ……。おもしろいね」


 夢うつつのテオはふにゃりと笑う。熱は随分下がっていた。急激な体温の変化でぐったりしたテオを部屋に連れていき、テオの寝床を整えて横たわらせる。

 それを見ていたお兄ちゃんが少し伸びをしながら言った。


「さて、昼飯にしようか。テオに合わせて皆今日は雑炊な」

「うん、そうしてあげて。多分夜になったら食欲も戻ると思うし……」

「じゃ、看病頑張れよ、由比お姉ちゃん?」

「もう、からかわないでよ……」


 お兄ちゃんは笑いながら階下に降りていく。遠ざかる笑い声を聞きながら、私はテオを撫でていた。

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