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【掌編】由比の現在はエノシマの過去

 日曜日の昼下がり、エノシマに由比が泣きついていた。


「お願い、エノシマ! レポート手伝ってぇ!!」

「馬鹿者、そのくらい自分で出来なくてどうする。儂はもう宿題も済ませたんじゃ。由比も自分のことは自分でせんか、馬鹿者」

「2回も言わなくていいじゃない……!!」


 明日提出するレポートが終わらないらしい。由比は由比なりに頑張っている。けれど、圧倒的な資料の物量の前にはあまりにも由比は無力すぎた。もう、どこからまとめればいいのか、自分でも解らないのだ。


「そんな事言わないでよぉ、エノシマぁ……!! そうだ、今日のおやつ、半分あげるから! まとめなきゃいけない要点だけ教えてくれればいいの! ね!?」


 それでも由比はすがりつく。オロオロと見守っているのはテオだ。手伝えるものなら手伝いたい。けれど、テオにはそんな魔術師の知識なんてない。狼狽えるテオに弟切がぽんと肩を叩く。


「テオ、助けることと甘やかすことは違います。これは由比様の試練ですから、由比様がなんとかしなくてはいけないのですよ」

「でも、おとぎり。ゆいはとってもこまってる。テオにできることがあったら、なんでもするのに……」

「気持ちは痛いほど解りますが、テオは自分の主人を信じてあげることしかできないのですよ」


 テオは尻尾をだらりと下げて小さく頷く。その言葉が耳に入っていたエノシマは、湯呑を取ると熱いお茶を啜り、顎でしゃくって指し示す。


「弟切の言う通りじゃ。この程度のこと、出来ずにどうする。儂はお主の潜在能力は引き出してやった。それで、お主は少しでも力がついたと思っておるのかもしれんが、儂からすればまだまだひよっこもいいところじゃ。魔術は基礎魔力にも左右されるが、最終的にモノを言うのは己が学んだ知識と技術じゃ。儂は技術の基礎は教えた。もう教えることはなにもないと言ったじゃろう?」

「うう……」


 エノシマの言葉に、由比は何も言い返せない。


「こうして泣きついている間にも、少しでも資料を読みこんだ方がいいのではないか?」


 トドメの一言で、由比はとぼとぼと自室に戻っていく。その後姿を見て、エノシマはやれやれといった様子でため息を吐く。


「ああしている由比を見ていると、昔の自分を思い出していかんな……」


 禁呪とされている時空転移。その方法を探して試行錯誤していた自分。

 自らの寿命を伸ばす為、肉体年齢を止める術を学んだ日々。

 そして、どの資料を読んでも見つからなくて、古い文献を片っ端から読んだ100年間。

 それを実行できるまでに、どれほど自分が技術を磨かなければならなかったのかという絶望。

 そして、50年の時間をかけて、どうにか時空を跳び、この現代にやってこれた安堵と、自分が幼い姿になっていることの混乱。

 すべてを飲み込み、由比を襲うに至ったあの日の決意。


 由比はこれから、普通の人間として、それを学ばなければいけない。由比が一人前の魔術師になったと認めるには、あまりにも早すぎる。

 それは自分の身につけた魔術の知識や技術とは全く次元の違うものだ。エノシマは魔術師というにはあまりにも多すぎる知識と技術を得てしまった。

 おそらく、魔術師協会からすれば、自分は『異端の魔女』と呼ばれる存在だろう。

 その魔女も、エーテルが尽きかけた今では、ただの小学生なのだが。


「エノシマさん、由比どこいった?」


 湘がそう訊ねると、エノシマは天井を指差し笑う。


「資料集を前に四苦八苦しておるだろうよ。兄貴殿、あとで由比におやつとお茶を差し入れしてやってくれんか。脳に栄養がなければ、回る頭も回らんからな」

「あぁ、由比は課題か。そうだな、そうするよ。じゃあもう少ししたらホットケーキでも焼こうか」


 この程度の飴なら許されるだろう。

 きっと自分のことだ。兄の手作りおやつと暖かい紅茶を飲めば、張り切ってやるに違いない。


 エノシマは自分のことをよく解っているから、そう思い、含み笑う。あの150年間で何度夢見たか解らないシチュエーションなのだから。


 由比のレポートが書き上がったのは、夕食が出来る少し前。ほら、やれば出来るじゃないか。過去の自分にエノシマは言葉に出さずに褒めてやる。

 それはまるで150年前の自分を褒めてやっているようで、少し胸が傷んだ。

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