由比の友達、テオのマブダチ
夜も近付こうかという時間、私は部屋で自習をしていた。そして、シャープペンをノックしても芯が出ないことに気がついた。ペンケースの中のケースも空。
私はふー、と息を吐き、部屋着からジーンズに履き替え、上着を羽織る。
「湘兄ちゃん、ちょっとコンビニ行ってくるけど買うものある?」
兄にそう尋ねるが、兄は首を横に振る。
「別にないけど……外、もう暗いぞ?」
「そうよ、この間危ない目に遭ったばっかりじゃないの、アンタ。危機感ないの?」
兄と姉の口撃に私はぐうの音も出ない。時計の針は19時を指そうとしていた。
「しょう、かや、しんぱいいらない。テオもいっしょにいくよ」
そう言ってテオが私の近くに駆け寄ってくる。護衛が付くなら、ということで、私とテオの夜の散歩が許可された。
サンダル履きの足先は少し冷えるが、気にせず歩く。テオもそれについてくる。薄闇の中、テオの爪がアスファルトを蹴る音と、私がサンダルを引きずる音だけが響く。
「ゆい、これはオシロイバナっていうんだって。タネのなかみがしろくって、つぶすとおんなのひとがつかうおけしょうどうぐにみえるからそんななまえになったんだって」
「へぇ、テオよく知ってるね。誰に教わったの?」
「しょうとかいものにいってるときにおしえてくれた。それからね、あれがサザンカっていうはな。……はな、もうほとんどおちちゃってるけど、あかくて、きれいだった。テオ、いろはよくわからないけど、なんとなくわかるようになってきたよ」
「ああ、サザンカは私も知ってるよ。あの家は綺麗に手入れしてるよね」
「うん。……あ、さつきだ」
「砂月くん? どこ?」
「ましょうめん。こっちにあるいてくる。よこにいるのは……おとこのひと? だとおもう。かみ、ながいけど。まえにみたことがある」
「髪の長い男の人……? あぁ、多分阿方くんだ。あの二人仲がいいから」
「あがた、とうじょうのいえとなかがいいおうちだ。みかただね」
「あはは、そうだね。……あ、私にも見えた。おーい、砂月くーん、阿方くーん!」
私が手を振ると、向こうもこちらに気がついたのか手を振り返してくれる。二人ともまだ学生服を着ていた。
「よー、東條、テオ! こんな時間に女が出歩いて平気なのかよ?」
砂月くんが駆け寄りながらけらけらと笑う。それを聞いて阿方くんも笑った。
「だからこんな立派な護衛がついてるんだろ? なぁ、テオって言ったっけ。ワーウルフくん」
「うん、テオはゆいのごえい! ゆいのじゅうしゃだから! きみは、あがた? ちゃんとあいさつするの、はじめましてだ」
「そうだな、はじめまして。俺は阿方清輔っていうんだよ。どっちでも好きな方で呼んでくれ」
「わかった。じゃあせいすけってよぶね。せいすけは、ゆいのともだちだよね? ときどきなまえ、きくよ」
「あぁ、そうだよ。東條、本当に立派な召喚獣だなぁ。こんなハキハキ喋るワーウルフなんて初めてだ」
「テオは賢いから。そこいらのワーウルフとは訳が違うよ。二人は、今帰り?」
私がそう尋ねると、砂月くんが砂埃で汚れた顔をくしゃくしゃにして笑う。
「まーな! 俺たち、マブダチだからさ。清輔が今度の期末の対策教えてくれるって言うから、俺の部活終わるの待っててもらったんだ。俺んちに泊まってってくれるんだぜ! 清輔の着替え、うちに少しあるし。王子様とお泊りだぜ? 羨ましいだろ!」
「いや、別に……。それにしても、阿方くん、面倒見いいなぁ。砂月くん、筋力強化はともかく、他は普通よりなのに」
「俺は待ってる間図書室で本読んでただけだからね。それに陽二、放っとくと赤点で部活禁止になりかねないし」
「そっ、そこまで酷かねぇよ! 中学ん時、東條よりずっと良かっただろ!」
「東條は秋の中間、陽二より点数良かったじゃないか。高校上がって問題のレベルも変わってるし、このままじゃすぐに置いてかれるぞ?」
「畜生、反論の余地がねぇ!!」
「あはは! せいすけとさつき、てれびでみるオワライゲイニンみたいだ」
テオが朗らかに笑うが、それを聞いて、砂月くんが目に見えてしょんぼりとする。
「おいおい、テオォ、なんで清輔は名前呼びなのに、俺は名字なんだよ?」
「だって、さつきのなまえ、ゆいからあまりきかない」
「酷ェよ、東條ゥ! 贔屓か! やっぱりイケメン正義か!」
「そ、そんなんじゃないよ! だって、今まで、砂月くんとそこまで仲良く喋ってなかったじゃない」
「えぇっ!? 俺は仲良く喋ってるつもりだったぞ!?」
「あ、ますますごめん……」
私が思わず謝ると、砂月くんは悔しそうに私を指差し宣言した。
「くそぅ、解った! 俺、今日から東條の事は由比って呼ぶぞ! これで俺と由比は友達! な!」
「いや、『な』、と言われても……。阿方くん、どうすればいいのこれ」
困惑しながら阿方くんを見ると、阿方くんは目尻に涙を溜めながら笑っている。
「あっははは! こうなったら陽二は頑固だぞ。観念して友達ってことでいいじゃないか」
「頑固なのはお前もだろ、清輔!」
顔を真っ赤にする砂月くんに、阿方くんはひたすらけらけら笑っている。それを見ていて、砂月くんはきっといい人なんだろうと思った。
「……解ったよ。じゃあ、これからよろしくね、砂月くん。とりあえずアドレスの交換しようか」
「マジ!? やったぜ! 通信通信!」
砂月くんはご機嫌でスマートフォンを取り出し、私とアドレスの交換をする。
「これでテオともマブダチだな! な、テオ! 俺のことも名前で呼んでくれ!」
「わかった。ようじ、だね」
「フーウ! これでマブダチトリオ結成って訳だ!」
そう言うと砂月くんは阿方くんの首とテオの首をがしっと抱きしめる。思わぬ形で顔を寄せ合うことになったテオと阿方くんが困惑した表情で言う。
「陽二、テオもマブダチでいいのか? 節操無いなぁ、お前。マーメイドの子孫にワーウルフがマブダチって」
「せいすけ、マブダチってなに?」
「親友、とも言うな。特別に仲のいい友達ってことだ」
「ようじ、テオはゆいのしょうかんじゅうだ。ゆいのじゅうしゃだ。ゆいのきょかなしに、ともだちはつくれないよ」
そう言うテオに砂月くんは少し不満そうに言う。
「何だよ、テオ。お硬いヤツだなぁ。由比、いいよな、別に? 由比の迷惑になるようなことはしねーからさ! 由比がついてりゃ、テオと遊んでもいいんだろ?」
「……まぁ、テオはエーテル放射させればすぐに来てくれるから、友達が出来ることは反対しないけど……。あまり二人に迷惑かけちゃダメだよ、テオ。砂月くん、阿方くん、テオをよろしくね?」
「テオ、いく! ゆいによばれたら、ちのはてからでも、すぐにいくよ! じゃあ、いいよ。テオは、ようじのマブダチだ」
「よっしゃー! マブダチゲットー!」
「本当にお前、変なやつ。そんなに変わった友達が欲しいのか?」
苦笑いの阿方くんに砂月くんは胸を張って言う。
「俺がいいんだからいいんだよ! 清輔だって、テオともっと話とかしたいだろ? テオは教科書にも載ってない世界から来たんだから、俺たちの知らない異世界の話が聞けるだぜ? そうなったら、お前大喜びじゃん!」
今日の砂月くんは妙にテンションが高い。そんなに阿方くんとのお泊まり勉強会が楽しみなのだろうか。
「そういや東條、何しに外に出てるんだ? こんな時間に、ただの散歩じゃないんだろ?」
阿方くんに言われて、はたと思い出す。
「コンビニにシャー芯買いに行くんだった! 早く行こう、テオ! あまり遅いとお姉ちゃんたちに叱られる!」
「わかった。せいすけ、ようじ、バイバイ」
「おう、またな」
「気をつけていけよー!」
コンビニ帰りの道すがら、テオは不思議そうに私に聞いてくる。
「ゆい、テオがともだちつくってよかったの? それも、『しょうかんじゅう』や『しきがみ』じゃなくて、『にんげん』の」
「どんな相手だろうと、交友関係は広いほうがいいよ。私も砂月くんともなんか仲良くなれた気がするし」
「ゆいはようじがすきなの?」
「いや、そうじゃないけど……」
「よかった。ようじにゆいがとられるかとおもった」
「あはは、何それ?」
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一方、砂月家では、勉強道具を広げ、部屋着に着替えた二人が砂月陽二のノートを覗き込みながらひそひそと話をしていた。
「うまいことやったな、陽二。東條のアドレスまでゲットして」
「なっ、なにがだよ!? 俺はただ、テオともっと仲良くなれたらと思ってな……!」
「東條のアドレスくらい、俺に聞けば早いのに。妙なところで律儀だよなぁ」
「だから! 何がだよ!!」
顔を真っ赤にする砂月陽二に、阿方清輔はけらけらと笑う。そして階下で大衆食堂を営む親に「陽二、うるさい!」と怒鳴られていた。




