【番外編】いい兄さんの勤労感謝の日
「湘兄ちゃん、今日は私が晩御飯作る!」
突然の妹の申し出にきょとんとしたのは兄である湘と姉の茅だった。
「えっ……お前が? 作れるのか?」
「由比、無理しない方がいいわよ。アンタまともに料理もできないじゃない」
「つ、作れるよ!!」
兄と姉の言葉を顔を真っ赤にして由比は否定する。
「買い物も私が行くからね! 大丈夫だから! どんと構えて待ってて!」
「ゆい、テオはなにしたらいい?」
「テオもお留守番! 大丈夫だから! 今日は普段働いてる人に感謝する日なんだから! 弟切さんも楽しみに待っててね!」
そう言って由比はエコバッグを持って外へ走っていってしまった。取り残された大人たちと従者たちは顔を突き合わせてひそひそ話し合う。
「……大丈夫だと思うか?」
「調理実習の成績は悪くなかったから食べられないものが出るとは思わないと思うけど……ひとりだしねぇ……」
「儂も兄貴殿の料理を再現しようとしたができんかったしのう。まぁ、食えはするだろうよ」
「……由比様は私の食べられるものを出してもらえるでしょうか……」
「だいじょうぶだよ、ゆいはすごいから! おとぎりはくだものならなんでもへいきでしょう?」
「まぁ、そうですけど……」
エコバッグをぱんぱんにして帰ってきた由比はピーラーを手に気合を入れる。まずは野菜の皮むきだ。じゃがいもと人参を目の前に、まずはどうしたものかと唸り声を上げる。
それを湘はリビングから不安そうに見つめていた。今にも手を出したくてそわそわしている。けれど、茅がそれを引き止めた。
「好きなようにやらせてやんなさい。どんなものが出てきても、あの子なりの誠意だと思うのよ」
「……解ったよ、茅姉。……ちょっとジョギング行ってくる。家にいたら落ち着かない」
そう言って湘は私用のジャージに着替え、外へ走りに行ってしまった。
弟切も落ち着かないのか、静かに瞑想をしている。一方のんきなのは茅とテオだ。ふたりでテレビを眺めてけらけら笑っている。
やがて、いい香りが部屋を漂いだした頃、湘が汗だくで帰ってきた。一体どこまで走ってきたのか、へとへとになっている。そこまで落ち着かなかったのか。
「……ん、カレーじゃないのか?」
湘が材料から推測したのはカレーライスだったが、部屋には和風出汁の匂いがたちこめている。
「今日は、由比ちゃん特製の肉じゃがとさんまの塩焼きです!」
小鉢に入れられた肉じゃがは、いつもの湘が作る肉じゃがより少し色が濃く、少々煮崩れしてはいたが、食べられないと言うほどのものではなさそうだった。それに、少し焦げすぎ、皮の剥がれかかったさんまの塩焼き。由比なりに考えに考えた、自分が一番作れる中で難しいと判断したものの結果だった。
「へぇ、立派なものじゃないか」
「お世辞はいいよ……。やっぱりお兄ちゃんの料理には全然敵わないもん」
「いやいや、ほとんど初めて作ったにしては上出来上出来。じゃあ、湘が汗を流し終わったら食べましょうか」
「じゃあ、私、ご飯注ぐね!」
「ふむ、配膳は儂も手伝おう」
そうしてテーブルに並べられた由比の料理たち。弟切の目の前には剥きたての柿が置かれている。その切り方も歪ではあったが、由比は怪我ひとつせずに包丁で剥ききった。
湘が汗を流し終え、テーブルに着いたところで茅が声を上げた。
「じゃあ、いただきまーす」
その声に合わせて、皆「いただきます」を唱和する。
「……うん、美味いよ、由比」
「本当? 味見した時、いつもより味が濃いと思ったんだけど……」
「初めて作って、これを失敗だって思ってるなら十分よ。あんた、家事の才能あるわ」
「うむ、儂が作ったものよりは美味いぞ。やはり食い慣れているから、再現度も高いのう」
「ゆい、おいしいよ! おいしい!」
「柿も熟していて美味しいです。立派な夕食をありがとうございます」
それを聞いて由比も安心したように箸を取る。煮崩れたじゃがいもを口に運び、首をひねった。
「……やっぱり、湘兄ちゃんには敵わないや」
由比の勤労感謝の日の夕暮れは、こうして幕を閉じた。




