08 護衛
夜襲を受けてから、既に二週間が経過していた。
貿易都市ラパンまでは、あと数日の距離。
あの夜襲以降、襲われることはなかったがアドルフ達は、決して油断していなかった。
たまたま前回は先手を取れていただけ。
後手に回った瞬間にどんな犠牲を払うことになるのか分からないからだ。
そして最も戦場に長く居たヴァルクは、最もそのことを理解し、今日も剣の手入れをしている。
そんな手入れをしているヴァルクに、同じく剣を扱うガルドが話しかけてくる。
「ヴァルクの旦那! おっと、手入れの最中だったか……。声を掛けちまって悪かったな!」
それはガルドも同様に戦士であるからこそ、手入れの重要さが分かるのだろう。
武器の手入れというのは、文字通り生死を分かつと言っても過言ではない。
斬り合いをするというのは、武器に対しても全幅の信頼を乗せ戦うということだ。
そして全幅の信頼を乗せられるだけの武器に仕立て、手入れをするのも立派な戦士としての務めでもある。
猛者であればあるほど、武器の手入れというのはある種の殺し合いをする前の儀礼に近いものと言えるだろう。
「いや、問題ない。ちょうど終わったところだ。それでどうしたガルド殿」
「あぁ、いや大したことじゃないんだがな……」
歯切れの悪い返答だ。
大柄の男で、横柄な態度のように見える事も多々あるが、ガルドはかなり気を遣う部類の人間でもある。
それは彼が扱う細剣という武器の影響なのかもしれない。
そして意を決したように、真剣な顔でガルドは言った。
「ヴァルクの旦那……。一度で良いから俺と手合わせしてもらえねえか?」
意外な提案ではあったが、ヴァルクは即答する。
「構わないが、加減はできんぞ?」
その返答に子供のように嬉しくガルドは笑った。
「本当か! いやぁ実はあの夜襲の後、ずっと考えてたんだよ!」
「俺も多少なりとも腕に自信はあるが、一体どれだけ強いのかって……な」
「勝てるとは思ってねぇ。けど、あんたみたいな本物と剣を交えられるなら、
それだけで俺は――戦士として、誇れるんだ」
それはガルドも一人の戦士として、猛者と戦いたいと思う純粋な申し出だった。
ヴァルクとガルドは少し離れた平地へと移動した。
その立会人としてリナスとアドルフが集まり、言葉少なにその様子を見守っていた。
ヴァルクは腰の剣をゆっくりと抜く。
その動作には無駄がなく、まるで剣が彼の体の一部であるかのようだった。
ガルドも細剣を抜き、軽く構える。
その姿は普段の豪快な態度とは違い、研ぎ澄まされた静けさを纏っていた。
「……じゃあヴァルクの旦那、始めるぜ!」
その言葉にヴァルクは一瞥を返す。
一瞬の沈黙の後、ガルドが踏み込む。
細剣が風を裂き、ヴァルクの肩を狙う――だが、ヴァルクは体をわずかに傾けるだけでそれを避ける。
(速い……!)
ガルドは驚きながらも、すぐに次の一手を繰り出す。
細剣は突きが主軸となる。
すかさず、連撃を繰り出すがヴァルクは最小限の動きで受け流していく。
アドルフは、息を呑みながらその光景を目に焼き付けていた。
(真剣であんな立会いができるなんて……ヴァルクさんはもちろんだけど、ガルドもすごい!)
そんな真剣勝負でもあるが、あくまでヴァルクは上をいっていた。
しばらくガルドの剣を躱した後に、少し後方へ飛ぶ。
「速さはある。だが、剣が少し急いているな」
ヴァルクの言葉に、ガルドは苦笑する。
「そりゃあ、あんたを前にして冷静でいられるほど、俺は達人じゃないんでね!」
その言葉と同時に、ガルドはさらに一歩踏み込み、剣を低く構えて再度突きを放つ。
だが――その瞬間、ヴァルクの剣が動く。
ヴァルクの剣は、見た目にも重厚な大剣だ。
だが、その剣筋は――細剣を凌ぐほど速かった。
重さを感じさせない一閃が、空気を裂き、ガルドの剣を弾いた。
一閃。
その瞬間を目で追えたのは、技を放ったヴァルク本人と、アドルフだけだった。
ガルドの剣が弾かれ、彼の肩にヴァルクの刃が軽く触れる。
ガルドは肩を押さえながら、悔しそうに笑った。
「くそっ……やっぱり、化け物だな、あんたは」
「いや、正直あぶなかった。かなり良い剣筋だ。俺が現役だったら、軍に推薦していたな」
ヴァルクは剣を納めながら、静かに言った。
「あぁそう言ってくれて救われたぜ旦那! 付き合ってくれてありがとな!」
ガルドは満足したようにアドルフとリナスの元へ駆け寄る。
「ガルドが、あのヴァルクに敵うはずないのに……でもガルドにしては頑張ったわね!」
「貶すのか褒めるのかどっちかにしてくれよ!」
そしてアドルフは興奮気味にガルドに話しかける。
「いやぁすごかったねガルド! あんな戦いになるんだね!」
「負けちまったけどな……。まぁ飯の準備でもするか。アド!火起こし手伝ってくれるか?」
そう言ってガルドたちは、火を起こしにその場を離れる。
いつの間にか近くで見ていたダリオンがヴァルクに近づく。
「ヴァルク。ガルドはどうだった?」
どこか嬉しそうにヴァルクは答える。
「いやぁ、なかなかの強者ですよ。先ほどの言葉は決して冗談ではありません。
まだまだ磨ける部分はありますが、十分に軍でやっていける腕をしております」
ダリオンはその言葉に少し驚いた。
「ヴァルクがそこまで言うのも珍しいな……。なら無事にラパンへたどり着いたときには、ガルドを近衛として招待するか?」
ヴァルクもその提案を面白いと思ったのか、その冗談に乗る。
「それもいいかもしれませんね。またリナス殿も腕が立ちますし、アドルフも機転が利く青年ですからね。
ラパンに到着後もまとめて護衛として雇いたいくらいですね」
その言葉に、ダリオンも強く頷く。
「あぁ本当にそうしたいところだな」
その言葉が願望に留まっているのは――
この先に待つ苦難を、誰よりもダリオン自身が理解しているからだった。
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