48 贈り物
「あら、私ったら長々と昔話なんかしちゃって。付き合わせて悪かったね」
「いえ、私は風車村を訪れたことがないので、あなたのお話を聞けて、いつかこの目で見てみたくなりました」
「そう言ってもらえると、老婆の昔話も無駄じゃなかったと思えるわ」
そう言うと、彼女は元の品のある店主の顔に戻る。
「それで、何か聞きたいことがあったわね? 私で良ければ知っていることは話すわよ」
ダリオンは単刀直入に尋ねた。
「"バルミン"という名に心当たりはありませんか? 恐らく、商人をしている人物だと思うのですが……」
名前と職業。それだけの乏しい情報だったが、老婦人は即座に反応した。
「バルミンって、あのバルミンのことかい?」
"あの"という言い草に、ダリオンはバルナバスの情報が確かだったことを確信する。
「途中で道を分かたれてしまった姉の行方を、そのバルミンなら知っていると聞きまして」
「あら、そうだったのね。その……バルミンなんだけど、最近はうちにも来なくなったのよね……」
「悪いけど、もう何年も会ってないのよ。私もあの子が心配でね。会ったことはないんだけど、大切な妹さんのために、本当に一生懸命だったから……」
そう話す老婦人の横顔は、どこか寂しそうだった。
「そのバルミンは、よくここに来ていたんですか?」
それに老婦人は頷く。
「数年前は何度か顔を出してくれてたんだけどね。私のお店に鉱石を売りに来てたのよ」
「旦那もバルミンの事は気に入ってたわ。けど、会うたびに土埃を被ってやってきてたの。理由を聞いたら、近くの鉱山で採掘をしてるんだって言ってたわね」
「自分ではお店は持てないからって。あんなに身体は小さいのに、あの子はすごく頑張り屋さんなのよ……」
ダリオンは改めて店内の品に目を向けた。整理された棚に並ぶ装飾品には、小ぶりだが力強い輝きを放つ石が嵌め込まれている。
その宝石を一つ一つ見つめながら、まるでその時のことを思い出すかのように言葉を漏らした。
「このいくつかの装飾用の宝石は、バルミンが持ってきてくれたものよ……」
そして最後に老婦人はこう付け加えた。
「もし、バルミンを見つけたら『また顔を出しておくれ』と言伝を頼めるかしら」
「……死んだ旦那がね、あの子と妹さんのためにって、同じ意匠で二つのネックレスを遺していったのよ」
そう言って老婦人は、棚の奥にある小さな木箱を優しい瞳でちらりと見る。
「あの子の明るい緑の髪に似合うような緑の石と、女の子だからって妹さんには綺麗な赤い石を嵌めてあるのよ……」
ダリオンからは、その木箱の中身は当然分からない。
だが、それがとても大切な贈り物であり、いまは亡き旦那が大切に仕上げた精巧なアクセサリーなのだろうと想像できる。
「分かりました。バルミンを見つけたら必ずお伝えします。お話ありがとうございました」
ダリオンは深々とお辞儀をして、再び重くなったローブを身に纏い、呼び鈴を背に店を出た。
あの老婦人のおかげで、想定より多くのことが分かった。
まず大前提としてバルミンという人物は、商人というより、鉱石などを売って生計を立てていること。
また背が低く緑の髪をしていて、どうやら妹さんが居る事も分かった。
人物像としても会うことさえ出来れば、姉のエリセアの情報について話してくれるような雰囲気も感じた。
ダリオンとしては、それは一つ懸念していたことでもあったのだ。
人探しまではいいが、決して探し人が善良な人とは限らない。協力してくれるとは限らない。場合によっては不利な条件や、到底受け入れられないような条件を出す人も中にはいるかもしれない。
だが老婦人の話を聞いて、兄妹思いの人物であることは間違いないだろう。
「一度、宿に戻って鉱山について聞いたほうがいいか……」
ダリオンは再び、雨に踏み荒らされた道を歩いていった。
バルナバスの宿に戻ってきたダリオンは、早速メイドに鉱山の情報を集めるように依頼した。
もしかしたらここ一帯の地域に関しては、アドルフに聞いた方が早いとも思ったが、流石にまだアドルフは戻ってきていないようだった。
「アドはたしか……過去に行ったことがある村へ行くと言ってたな」
窓の外では、降りしきる雨の中を子供たちが走り回っていた。
大人から見れば厄介な雨を、彼らは全身で浴び、泥を跳ねさせながら歓喜の声を上げている。
幼い頃、雨の中へ飛び出そうとすれば、決まって執事や侍女に止められたものだ。
けれど、兄のアドリアンやゼルヴァン、そして姉のエリセアまでもが、そんな自分を連れ出しては、嬉々として一緒に泥にまみれてくれた。それは本当にどこにでもいる普通の兄弟のように。そして姉弟のように。
王国の歴史を紐解けば、それは奇跡に近い幸運だったのだと、今ならわかる。
王家の血が流れている以上、誰にでも王位を望む機会があり、同時に争いの種となる宿命からは逃れられない。
王権という絶対的な力を我が物にしようとする者に近づかれれば、たとえ本人が望まずとも、骨肉の争いへと引きずり込まれるのが常だ。
今回の件も例に漏れない。
第二王子のゼルヴァンを担ぎ上げて謀反を起こしたオルヴィン・ナクトルの件も、まさにそれだ。
だが、ゼルヴァンを知る者であれば、彼が自ら王位を望むなどあり得ないとすぐにわかる。それは第一継承権を持つアドリアンとて同じだ。彼らは権力を欲してはいない。ただ、それが「王族としての責任」であれば、アドリアンは迷わずその重責を一身に引き受けるだろう。
そんな兄の補佐を生涯かけて全うできればと、ダリオンは密かに願っていた。
そして自分たちを、王族である前に「兄弟」として育て上げた父への尊敬を、改めて噛みしめる。
「……父上の体は、いつまで保ってくれるか」
病床に伏す父を案じ、ダリオンは今なすべき最善の策を導き出すため、深く思案に沈んだ。
時刻は夕刻に差し掛かる頃、宿の重い扉が開いた。
戻ってきたアドルフは、全身に雨を纏わせ、至るところに泥や木の葉を付着させていた。
「アドルフ様、おかえりなさいませ。お着替えの準備は整っております」
「ありがとうございます! ダリオンは戻っていますか?」
「はい、お部屋にいらっしゃいます」
アドルフは促されるまま急いで着替えを済ませると、確信に満ちた足取りでダリオンの部屋へと向かった。
ちょうど部屋へ入ろうとした時に、ダリオンが部屋から出てきた。
「アド、戻ってきたか!」
「うん、今さっき戻ってきたよ! ごめん、少し待たせたかな?」
「いや、待ってないよ。それで何か分かった?」
それにアドルフは確信したように頷いた。
そこからアドルフは、モノクロスという村で出会った少女の話をした。
その少女、カイナは兄と二人暮らしで、その兄がバルミンであったことと、現在のその兄が戻ってきていないこと。そしてモノクロスという村の現状と少女の関係について、話してくれた。
「なるほど、そんなことがあったのか……」
話を聞いたダリオンは、少しだけ頭の中で情報を整理した。
「これで大分情報は揃ってきたね。そのカイナの兄が、俺たちの探している“バルミン“でまず間違いないだろう。あとは、その兄の居場所だけか……」
それは最も大事な情報が抜けているとも言えた。
アドルフもダリオンからの話を聞き、頭の中で南の地図を広げていた。
本物の地図は今、見れる状態ではないくらい濡れている。それこそ指でなぞれば、山は崩れ、国の名前も変わってしまうほどに。
「ダリオンはさっき、“鉱山“と言っていたけど、ここ付近には無かった気がするんだ。もちろん可能性がゼロではないけど……」
近くに鉱山がない。それは意外な答えであり、もう少し情報が必要になる。
いずれにしても、アドルフは明日もそのカイナの居た村に行くつもりらしい。
これ以上の手掛かりがあるとすれば、そのカイナという少女が頼みの綱でもある。
そして明日は二人でモノクロスへ向かうことが決まり、その日は眠ることにした。
【あとがき】
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