46 見えない少女
どうやらカイナの兄は戻ってきていないようだった。
こうなるとアドルフは放ってはおけない性格だ。
「お兄さんは、どちらに向かったんですか?良かったら探しますよ?」
その親切な言葉に、少し口元を緩ませながらも、カイナは困ったように目を伏せながら答える。
「ありがとうございますアドルフさん。でも……」
「でも?」
「兄の場所は分からないのです。いつも『出かける』とだけ伝えるばかりでして……」
「そうですか……」
どうやらアドルフが力を貸せることはないようだった。
それに対して、少し落ち込んでいるとカイナは思い立ったように手を叩き、ゆっくりと立ち上がった。
「久しぶりのお客さんだから、お茶でも出さないと……」
そう言って、辿々しい足取りで厨房らしき場所へ向かおうとしていた。
そして案の定、転びそうになったところをアドルフが優しく受け止める。とても華奢な体だと分かる。
「カイナさん!大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます……」
少しだけ赤くなった耳を髪で上手に隠し、改めて厨房に向かおうとする。
「カ、カイナさん! お茶は大丈夫ですよ!」
慌ててアドルフは制止させようとする。
「でも……」
カイナにとって、アドルフは久しぶりの客人であり、兄以外の久しぶりの会話相手だった。
だからこそ、諦めきれずにいた。
「じゃあ自分も一緒に淹れますから!」
そしてアドルフはゆっくり歩くカイナの手を取り、厨房まで連れていった。
厨房までの道に窓は無く、とても暗い廊下を二人は歩く。アドルフでも前が見えにくいと感じた。
カイナのペースに合わせ、ゆっくり歩いているとカイナが不意に足を止め、繋いだ手に微かな力を込めた。
「……アドルフさん、あちらの角は避けていただけますか」
彼女が指し示したのは、廊下の突き当たりにある小さな通気窓だった。少し隙間が空いていたのか、カイナが居た部屋にもあった少し分厚いカーテンが僅かに揺れている。
その隙間から雨雲に覆われた空からの、およそ「明るい」とは呼べないような鈍色の光が、わずかに床を照らしていた。
「カイナさんはあの光が見えるんですか?」
アドルフが不思議そうに問い返す。
カイナは布で覆われた目をぎゅっと閉じ、苦しそうに顔を背けた。
「私にはあの光が、とても強い光に見えるのです。布を通しても、光が……刺さるのです……」
アドルフには理解できないことであったが、どうやらカイナは、光に敏感なのだと分かった。それもあんな僅かな光を‘’強い光"と感じてしまうほどに。
「これならどうですか?」
アドルフは窓から漏れる光から守るようにカイナの前に立つ。
カイナの前にあった光は消え、アドルフの手の感触だけが戻ってきた。
「ありがとうございます。アドルフさんはお優しいのですね」
そしてアドルフは後ろ歩きのまま、ゆっくりと厨房がある方へと向かった。
無事に厨房にまで辿り着いた二人。
だがアドルフには、その部屋がとても暗く、とてもお茶の葉や茶器を探せる状況ではなかった。
厨房にも一応窓はあるが、またも分厚いカーテンで覆われていた。
「カイナさん、お茶の場所はだいたい分かりますか?」
「えぇ、たしか……食器棚の横だったと思います」
「カイナさん、少しだけ後ろを向いてて下さい。ほんの少しだけカーテンを開けますので……」
アドルフは、ゆっくりとカイナを後ろに向かせ、カーテンを開けた。とても僅かな光であったが、しばらく暗い所にいたせいか、自分にもその鈍い光は強く感じた。
(カイナさんには、もしかしたらこれ以上に見えているのかも……)
しばらくして茶器とお茶の葉を見つけた。
そこには、ご丁寧に火の魔石と水の魔石、そして恐らくそれを扱うためのエーテルリムも置いてあった。
だがそれは自分では扱えない。
そしてアドルフは、自前の火打ち石で火をつけようとする。
カチッ……カチッという音が、厨房に響いた。その音に驚きつつ、カイナは聞いてきた。
「ア、アドルフさん?何をされているんですか?」
「あ!すいません、今火をつけようと思ったんですが、少し湿気っていて上手くつかなくて……」
そう、照れながら弁明するアドルフに不思議そうにカイナは尋ねた。
「アドルフさん、たしか厨房にエーテルリムがあったはずです」
そう言ってくれるカイナに、アドルフは苦笑いしながら、頭を掻いた。
「あっ……恥ずかしながら自分は、……エーテルリムを使えない体質なんです」
「……え?」
カイナは、それに難しい顔をした。
腕輪に魔力を流し、生活の糧を得る。それはこの世界で息をするのと同じくらい、当たり前のことだ。エーテルリムを使えない人間など、カイナは兄の口からも聞いたことがなかった。
それはとても珍しい事だとカイナでも思った。
「そうだったんですね……。それでしたら、私が!」
「すみませんが、お願いします!」
その言葉にカイナは心底喜んでエーテルリムを着けた。
再度、カーテンで閉め切り部屋を暗くする。
カイナがエーテルリムを構える瞬間にアドルフは気づく。
「あ! カイナさん少しだけ失礼します!」
そう言ってアドルフは、カイナの目を優しく手で覆った。
エーテルリムは魔力が流れるとほんの少しだが光を放つ。さらに言えば、今から使うのは火の魔法だ。小さい火とはいえ、カイナの目にはあまりにも眩しすぎる。
「あ、ありがとうございます……」
その手の温もりは、目を覆われている黒い布越しでも伝わった。それは兄以外から受ける久しぶりの優しさ。
そしてカイナはゆっくりと息を吐き、久しぶりに火のエーテルリムを使う。エーテルリムに嵌め込まれた火の魔石が淡い光を放つと同時に、ボッと火がつき、暗い部屋を暖かく照らした。
「カイナさん、火が付きました! ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそです」
もちろんその光はカイナには見えない。
けれどもっと暖かい暗闇がカイナには見えていた。
アドルフとカイナは、ようやく二人でお茶を啜った。
「ところで、アドルフさんは何故この村に?」
それにアドルフは少し悩みながら話した。
「人を探しているんですけど、特徴も何も分かっていないんです」
「男性か女性なのかも分かってなくて、名前だけしか分からないんですよね……あ、一応商人をしているという噂までは掴めてるんですが」
そう言ってアドルフはお茶を啜った。
「そうだったんですね。私の兄も商人をしていると言っていますが」
「如何せんこの目なので、実際は何をしているか分からないのです」
「でも、優しい兄なので、この村が放棄されてからも兄は私を見捨てずに世話してくれているんです……」
その言葉はどこか自分のことを責めているようにも思えた。
アドルフはカイナの黒い布に覆われている目を見て問いかけた。
「カイナさんは、その……昔は見えていたんですか?」
その言葉にカイナは頷く。
そして何故この目が見えないのか、何故この村に人が居ないのかを話してくれた。
それはとても過酷で、目を背けたくなるような話だった。
【あとがき】
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