43 船着き場
部屋に戻ったゼルヴァンは、引き続き絵を描き始めた。
先ほどと違うのは、ゼルヴァンの膝の上に小さくて碧い髪を持つ弟が乗っているということだ。
この可愛い弟もそこが居心地良いのか、自分の描いている絵に夢中になっているのか、
はたまた気を利かせて、絵が完成するのを待っているのか分からないが、兄であるゼルヴァンも気分は良かった。
「よし、完成だ!」
しばらくしたあとにその絵は完成した。
「兄上!すごい綺麗な絵ですね!」
「あぁ、ありがとうダリオン」
そしてゼルヴァンは弟に「あの鳥さんにお礼をしてくれないか?」と言い小さい枝付きの赤い実を渡した。
どこから持ってきたかも分からなかったが、王城の庭にこれに似た実を見たことがあった。
「兄上、この実は?」
「あぁ、これはトキワという実だよ。あの鳥さんの好物だ」
その実は、艶やかな赤色の林檎が小さくなったような実だった。
まさに小鳥用の果物と言ったところだろう。
ダリオンは再度ベランダに居る小鳥へと近づく。
小さな手のひらに乗せたその実を小鳥が休んでいる手摺まで、目一杯に伸ばす。
「(兄上に協力してくれてありがとね)」
ダリオンからはよく見えないが、手のひらが一瞬くすぐったい感触に襲われたあと、羽ばたく音が聞こえる。
見上げると、小鳥は既に遠くへ羽ばたき、今にも木陰へと隠れようとしていた。
しかし小さい影であっても、赤く光っているその実を隠すのは難しい。ちゃんとお礼は受け取ってくれたようだった。
「小鳥は食べてくれたかい?」
気がつくと後ろにはゼルヴァンがいた。すぐ近くで見守ってくれていたのかもしれない。
「はい! ちゃんと受け取ってくれました!」
「あぁそれは良かった。ダリオンもありがとう」
部屋に戻り、改めて完成した絵をダリオンは見る。
その絵は、揺れるカーテンの隙間を縫うように外の景色を描いていた。
中央には、先程の小鳥が描かれている。少し青みの掛かった羽と、目の辺りが少しだけ白みを帯びている。
間近で見たダリオンの目に映った小鳥よりもそれは美しく感じた。
そして先程までは描かれていなかったが、その口には赤い実が生った枝を咥えていた。
「それからは、兄上はその絵を私にくれたんだ。今も自室に飾っているよ!」
その絵を自分も見てみたいとアドルフは思った。
「いつかダリオンのお兄さんにも会いたいね。まぁ王族なんだけどね……」
ダリオンと話していると、どこか王族であることを忘れてしまう時がある。
それはダリオンにとってはとても嬉しいことであると同時に、いつかアドルフ自身が身を滅ぼすような発言をしてしまわないか不安にもなるのであった。
ダリオンはいつも兄や姉の話をするときは目が輝いている気がする。
(ダリオンは本当にお兄さんやお姉さんを慕ってるんだな……)
それはどこか羨む気持ちもあれば、自分にはガルドやリナスが居るのだとも思えた。
「ところでゼルヴァン様は、なんでその本を読めたんだろうね?」
一番素直な疑問である。
読めない言語というのは、おおよそ過去に使われていたとされる言語のことだろう。
今も都市部とは程遠い、それこそ魔物が出るような古い遺跡のような場所には読めない文字があるとトラヴィスから聞いたこともある。
正直、アドルフは歴史の専門家でもなければ、そういったものを研究する学者でもない。
だが伝承や伝説、伝記と呼ばれる類は好きなのだ。
そしてその問いに対し、ダリオンにしては珍しく安直な答えを出す。
「それはゼルヴァン兄上だから……かな?」
「それは答えになってないよ!」
答えになっていないようで、ダリオンにとってはそれがきっと答えなのだろう。
「いや、でも……そうとしか……あ!」
何か思い出したようだ。
「たしか兄上に聞いたとき、こうも言っていたよ」
「『彼らも話したがっているんだ。自分よりもこんな大きな動物を相手にね……。
それに文化と風習が分かり、心が分かれば分かるもんだよ。』と言っていたけど、私にはゼルヴァン兄上が特別だと思うけどね」
「それには俺も賛成だよ。ダリオンのお兄さんは本当にすごい人ばかりだね」
話を聞いている時は、口笛で鳥を呼んだだけの話かと思ったが、
どうやら話を聞く限りでは、絵を描き終えるまで手摺に、ずっと居たことになる。
それはたしかに『動物と話せる』と言っても過言じゃない。
もしかしたら動物に好かれやすい人。つまりはきっとどこまでも優しい人なのだろうとアドルフは思った。
カイロス河の雄大な流れを横目に、馬車はゆっくりと轍を刻んでいく。
ダリオンの昔話を聞き、緊張が一気に解けたのかアドルフは少し目をこすった。
それに気づいたダリオンは
「アド、もう少しでカイロス河の船着き場に着く。それまで休むとしよう」
「ああ、そうしよう……」
大河のせせらぎが、すべての理屈を押し流していく。
揺れに身を任せ、ふっと意識の糸を切る。
そこに映るのは決して王と家臣ではない、王と護衛ですらないのかもしれない。
ただの友として、アドルフは居てくれる。
そんなアドルフの寝顔を見て、ダリオンも微睡みの中へ意識を沈めた。
しばらくしたあと、二人は雇った御者の声で同時に目を覚ました。
「お客さん!もうじき着きますよ!」
恐らく眠っていたのは、半刻ほどなのかもしれないが、とても深い眠りにつけた二人はゆっくりとその体を起こした。アドルフが幌を捲ると、そこには小さな小舟を連結したような船が何艘か確認できた。
船着き場に着くと、思っていたより船は大きく、そこでは男たちが忙しなく働き、大きな丸太や木箱を運んでいた。そしてそこらの傭兵より屈強そうな男たちに指示を飛ばしている人物が一人。
「あぁ!それをこっちに頼む!その木箱は次の便でいいぞ!」
数え切れない木箱を仕分けているその仕事ぶりから、その男がここの責任者であることは明らかだった。
そしてそんな見るからに忙しそうなところに近寄ってくる人影が二つ。
「わりぃなお兄さん方。ちょっと今立て込んでて……この後も大事な客を運ばないといけないんで、今日は悪いがお引き取りを……」
最後まで言い終わる前に、ダリオンは書状を取り出す。
「これでいいかな?」
その書状には凝った紋章で封蝋されていた。
コンパスに小鹿の紋章。それだけで誰からの伝手でここに来たか分かる。
その男は書状を受け取ると中身も確認せずに、入念にその紋章を確認した。
「バルナバス商会の紋章で間違いないですね。…………すぐに準備をしますので、少し待っててください」
そう言い残すと、その男は再度、指示を飛ばし始める。今しがた積んだ木箱が数個降ろされていくのが見えた。
そしてすぐにこちらへ戻ってきた。
「あちらの船で向かいます。荷物も沢山積んでますが、こちらの方が紛れやすいでしょう」
バルナバスからどれだけの話を聞かされているのか分からないが、恐らく察しの良い男ということだけは分かる。
「助かるよ」
ダリオンは短く返事し、二人は乗船した。
その船は二艘の舟を横並びに連結させ、片方には山盛りに丸太が積まれていた。
そしてアドルフとダリオンが乗ったのはもう片方の船だ。こちらには木箱が積まれているが、ある程度広い空間が残されている。本来ここにも木箱を積む予定だったのだろう。
先程の男も乗り込んでくる。
既に乗っていた屈強な男たちも、まさかといった顔であった。
「まさか親方も乗るんですか?」
先程、ダリオン達を案内してくれた男は皆から親方と呼ばれているらしい。
「あぁ、これは大事な仕事だからな……」
そして親方と呼ばれた男が声を張り上げる。
「帆を張れ!出発するぞ!」
「「はい!」」
よく響く声とともに、連結された二つの船にそれぞれ帆が上がる。そして何人かの男が帆の後ろに立って構えを取った。腕にはエーテルリムを装備している。そこには綺麗な緑色の魔石が嵌め込まれていた。
そして魔石が一斉に光を帯び始めると、先程まで凪いでいたのが嘘かのように風が帆を叩いた。
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
本作は【毎週水曜日と日曜日の21:00】に定期更新しております。
もし「面白い」「続きが気になる」と思ってくださったら、
ページ下部にある【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】で応援していただけると、毎日の執筆の大きな励みになります!
それでは、次回の更新もどうぞお楽しみに!




