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41 変わり者

 アドルフは思わず、「おぉ!」と声を漏らした。目の前に現れたのは大きな河。

ただ大きいだけでなく、流れも速いその大河の名前はカイロス河。


 貿易都市ラパンの西から、大陸の南へと流れる大河である。

川幅に関して言えば、もし荷馬車で通れるのなら半刻は必要になるだろう。

向こう岸に渡ろうなんて考えは微塵も思い浮かばない。

そんな感嘆の声を漏らしたアドルフを見て、ダリオンが尋ねてくる。


「アドは、カイロス河は初めてか?」


「うん。話には何度も聞いていたけど、こんなにも大きな河だとは思わなかったよ……」


 そう言って、再度荷馬車の幌を捲り外を眺めた。


「結果として今回は運が良かったかもしれないね。カイロス河は南へと流れる河だから!」


 年相応に興奮しているアドルフを見て、なんだかここ最近張り詰めていた空気が和らいだような気がした。


「たしかにアドの言う通りだな……」


 それはもし北方面が目的地であれば、この河の流れには乗れないことになる。それはより長距離を荷馬車で行くことでもある。


 アドルフはかなり慣れている方だが、ダリオンは王族だ。

長旅に慣れていないと余計な疲労が溜まるのは目に見えている。

だが、同時に疑問も頭に浮かんだ。ここまでダリオンに旅の疲れのようなモノは見えなかった気がしたのだ。


「そういえばダリオンは、長旅は何回か経験してるの?あんなに長く荷馬車に揺らされるのは、俺が言うのもなんだけど……結構キツイと思うんだけど?」



 その言葉にダリオンは懐かしむように目を細めて、カイロス河を見た。


「あぁ、よく兄上達の外遊に連れていってもらったことがあってね」


「その時はいろんな事を教えてもらったよ……。特にゼルヴァン兄上は旅好き、文化好きで有名で、あちこち回ってはたくさんの話をしてくれたよ」


「アドリアン兄上も、もちろんすごい知見を持っているんだが、ゼルヴァン兄上は他国の文化や風習、芸術に関しては恐ろしいほどの知識をお持ちなんだ! そして……」


 そう語るダリオンはどこか嬉しそうだった。


「一番驚いたのは、鳥と話していたことだよ!」


「鳥と?」


 そのおとぎ話のような話にアドルフも食い入るように聞き返した。


「あぁそうなんだ……。私がまだ十歳にも満たない頃、一度だけ見せてもらったんだ。

正直、誰にも信じてもらえなかったが、ゼルヴァン兄上はたしかに私に見せてくれた……」


 ダリオンは古い記憶を思い出すために、少し目を閉じた。



 この大陸随一の大きさを持つレオフォード帝国の王城は、どこも煌びやかに装飾されており、廊下に飾られている歴史ある絵画などは、まさしくこうした場所にこそ相応しいと言えるだろう。


 そんな王城の中は、今日も威厳を保つため、侍女達が丹念に清掃を施していた。

そしてある部屋の前でスカートの皺を整え、目一杯の深呼吸をしている人影が一人。


 彼女の名はインダ。


 この王城の清掃や王子、王女達の身の回りのお世話を担当している侍女頭の一人である。

彼女が関わった部屋には、塵一つ残されないことで有名だ。


 いつもなら、自らの仕事に自信がある彼女の顔はまさしく王族に仕える一人であると分かったであろう。

だが今、彼女の手は珍しく震えていた。


「よし……!」



 意を決したのか小声で自分を小さく鼓舞し、目の前の部屋に足を踏み入れた。

その部屋は帝国の王子の部屋と思えないほど――――散らかっていた。


 部屋に入るなり、インダが声を震わせる。


「ゼルヴァンさま!! なんで毎回このようなお部屋になるんですか!!」


「……昨日、ミシェルと片付けたはずなのに……。なんでこんな……うっ……」


 どうやら震えの正体は恐怖ではなく、怒りだったようだ。既に怒りより悲しみが勝ったのか、叱責の後半は、少し涙ぐんでいた。


 その散らかった部屋の中央に置かれたキャンバスの前に座っている人影が、怒り心頭の侍女を諌める。


「しぃー。インダ、そんなに騒ぐとそこに止まってくれている鳥さんが逃げてしまうよ?」


 叱られているはずの当の本人は、そう言って乱雑に開けられた窓から視線を動かさない。職人が仕立てたカーテンが留め具にも収まっておらず、風に揺らされながら、外の風を一切の遠慮なく部屋へと招き入れていた。


 そしてそのカーテンの隙間から、一羽の小鳥がベランダの手摺で羽を休ませているのが見える。


 インダからの叱責などなかったかのように、悠々と筆を進めているこの人物こそが、帝国の第二王子ゼルヴァン・レオフォードである。


 黄金に輝く金色の髪に、綺麗な黒い瞳を持ち、まさに絵画から抜け出してきたような美青年であった。

凱旋で民に顔を見せれば、一気に淑女達の心を射止めるだろう。


 そして普通の侍女ならば、そのキャンバスに集中するその整った顔に目がいき、仕事どころではなくなるだろう。

だがインダは違った。長年、この王城に仕える頼りになる侍女頭なのである。


「ゼルヴァン様! いい加減、このお部屋で絵を描くのはご遠慮下さい!」


「もうじきゼルヴァン様のアトリエが帝都の西にできるではありませんか! それにゼルヴァン様は第二王子なのですよ!? もう少し王族として規範となるような立ち居振る舞いを!」


 インダとゼルヴァンでは、身分が余りにも違う。

知らない者が聞けば、間違いなくインダに処罰が下ってもおかしくないと思うだろう。


 だが、もちろんそんなことにはならない。

それはある意味でインダがゼルヴァンを信頼しているとも言えるが、ゼルヴァンという人間が王子として見られないというのが正しいのかもしれない。


「まぁまぁインダ、落ち着いてよ。もう少しで描き終わるから……ね?」


 そんな怒り心頭のインダを横目で見ながら、ベランダで羽を休んでくれている小鳥をキャンバスへ描き続けた。既にキャンバスの中の小鳥は、その姿を現しており、今はゼルヴァンの筆がその羽根を丁寧に毛繕いしているようだった。


 ゼルヴァンは、幼少の頃から変わらない。

王子として生まれてからずっと、絵が好きで、音楽が好きで、人が好きで、動物が好きで、そのすべてを何かしらの絵に残そうとする。


 またそれらの作品は、人の心を奪うのを得意とするモノばかりだった。

彼が王族でなければ、きっと彼の描いた絵画は、この王城にいる侍女たちに清掃を施され、この広い廊下を彩っただろう。


 そんな何があっても絵に集中するようなゼルヴァンだが、取り分け優先する事項も存在した。

気づけばゼルヴァンよりも、少し小さな王子が部屋を訪れていた。


「ゼルヴァンあにうえ!」


 その元気な声は、部屋の扉から部屋一杯に広がっていった。

先程まで、インダの叱責を飄々と流していたゼルヴァンとは違い、ゼルヴァンは自ら筆を置いた。


「おぉ、ダリオン! 戻ったんだね!」


「はい! 今しがた戻ってまいりました!」


 そこには帝国の第三王子ダリオン・レオフォードが廊下から顔を覗かせていた。

インダはダリオンに慌てて挨拶する。


「ダリオン様! もう戻ってこられたのですね。外遊、ご苦労さまでございます」


「うん! インダもいつもお掃除ありがとね! 今度は僕も手伝うよ!」


 その屈託のないダリオンの笑顔にインダは思わず目頭を押さえる。


「うぅー……、このインダ、ダリオン様が立派に育っていくお姿を間近で見られて光栄であります……。

……その立派なお姿をぜひ!是非!ゼルヴァン様にも見せて手本とさせたいくらいで御座います!」


 その言葉に流石のゼルヴァンも苦笑を浮かべた。


「いやいやインダ、僕もちゃんと立派に育っているダリオンをこうやって間近で見てるんだけどねー」


「……ところでダリオン、なにか用事でもあるのかい?」


 あっ!という顔をしてから、ダリオンは手に抱えていた物を両手で胸の前に出した。


「忘れるところでした! これ! 兄上へのお土産です!」


 そう言って、何の文字で書かれているかも分からない古い本をダリオンは見せてきた。


【あとがき】

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

本作は【毎週水曜日と日曜日の21:00】に定期更新しております。


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それでは、次回の更新もどうぞお楽しみに!

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