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40 新たな旅路

 時刻は早朝の少し前、朝日が昇りかけているが、その暖かい日の光が星の輝きを奪うほどでもない時刻。

そんな早い時間にもかかわらず、幾人かの人間が、貿易都市ラパンの南門に集まっていた。

いつもならこの南門にも、数えきれない人だかりができる。


 それはこのラパンという国が"貿易都市"という肩書を持っていることに他ならない。

だが、今ここにいるのはたったの数人。見送る人と見送られる人がそこには居た。



「アド、無茶はしないこと、分かった?」


 ミレイナが何度も確認する。

もう子供じゃないことは分かっているが、心配せずにはいられないのが母親だ。


「アドが帰ってきたら、大きなお店にしておくからな。楽しみにしときなさい」


 トラヴィスはどちらかと言うと、息子の旅立ちを見守るように語り掛けた。


「うん……。母さんも父さんも身体に気を付けてね」


 そう言って、アドルフ達三人は抱き合った。

ミレイナは、最近涙もろくなったのか、目が少し潤んでいる。


「あぁそうだミレイナ、あれを」


 そう言われると、ミレイナはあるものを取り出す。

それは指輪だった。その輪っかに紐が通されており、ミレイナがアドルフの首に掛ける。

その形は、円を両側から植物のような根が、螺旋を描きながら、巻き付いているような指輪だった。


「俺の居た町の風習で、旅立つ息子にこれを渡す風習があってな」


「魔除けのお守りで、"マツミ"と呼ばれていた。古い神様の名前だと祖父から聞いたことがあるよ」


「魔除けのお守り……」


 アドルフは、そのお守りをぎゅっと握る。

なんだか、それだけで何もかも大丈夫だと思わせてくれた。


 それは魔除けのお守りだからなのか、トラヴィスとミレイナから貰ったものなのか分からない。

だが、とても大事にしなきゃいけないものだということだけは分かる。


「父さん、母さん、ありがとう。……いってきます!」


 その姿を見て、トラヴィスは少しだけカイランを思い出す。


(カイランへ渡せなかったお守り……。)


 トラヴィスとミレイナの最初の息子にして、僅か十歳でこの世を去った我が子。

"何故"という疑問は消えない。そしてその事実を乗り越えたいとも思わない。


 あの時の感情と、あの時のミレイナの顔は忘れられないし、この先も一生忘れられないだろう。

けど今こうして、自分の事を"父さん"と呼び、ミレイナの事を"母さん"と呼んでくれる"息子"が居る。


 その事実が今の自分達を生かしていると実感する。


(もしかしたらこれくらいの時期に渡していたかもしれないな……。)


 永遠に渡すことができないかと思われたそのお守りは、赤い髪を持った"息子"へと贈られた。


「結局、弓を教えるって、約束守れなかったな……」


 そうぼそりと呟くリナスは、素直に寂しそうな顔をしていた。


「帰ってきたら、いくらでも教えりゃいいんだよ……」


「ガルドはアドと剣の稽古したんでしょ! ずるっ!」



「『ずるっ!』ってどういうことだよ!」


 リナスとガルドはいつも通りのやり取りをしていた。


「ガルドもリナスも元気でね。何度もだけど……父さんと母さんを頼むよ」


 そう言って、アドルフから二人に抱きつく。


「あぁ任せとけ」


「アド……。うぅー……」


 しばらくリナスはアドルフに抱きついたまま離れない。顔を埋める始末である。



「リナスお前、アドにくっつきすぎじゃねえか?」



 ガルドにそんなことを言われるが、リナスは一向に構わない様子だ。



「アド成分を目一杯補給してんの! ガルドこそ離れなさい! 今は独り占めしたいの!」



 そしてポロポロと泣き出してしまう。



「うぅーやっぱりダメ。アド居ないと寂しくて死んじゃう! アド、今からでもガルドと護衛変わらない?」



 そんなことを言い出してしまう。



「なんで、俺が変わる前提なんだよ……」



 そのやり取りが嬉しくて、アドルフは二人をより強く抱きしめた。



「ちゃんと帰ってくるから。ガルドも帰ったらまた模擬戦でもやろう。リナスも弓、ちゃんと教えてね」



ガルドは深く頷いた。



「あぁ、楽しみにしとくぜ。俺も強くなっとくからな……」


 リナスはより一層、ぎゅっと抱きしめている。


「約束だからね?」


 そこにガルドが割って入る。


「めんどくさい女に目を付けられたなアド」


「めんどくさいとはなによガルド! 私はアドが心配なの!」


 リナスはガルドの方を睨み、不貞腐れている。


そしてガルドは真面目な顔をして、アドルフに説く。


「まぁこれから危険なことはたくさんあるが、お前なら大丈夫だ。

だが、こういった手合いの女には気を付けるんだぞ? アド、お前は自覚が無いようだが、恐らくめんどくさい女に好かれやすい……」


「ガルド、それ真顔で言わないでくれる? あとアド、綺麗な子に近づいちゃダメだからね?」


 そう言うリナスも、世間から見れば相当な美人ではある。最後まで変な心配をされながらも、時間は迫っていた。


「二人とも分かったから! もう時間だから!」


 そしてダリオンの待つ荷馬車に駆け寄り、首にかかった指輪を握りしめ振り返る。


「それじゃあ……いってきます!」



「「いってらっしゃい!」」


 旅立つと決めてから、その日が来るのはあまりにも早い気がした。

送り出すと決めてから、その日が来るのはあまりにも早い気がした。

誰かに背中を押されるのも、誰かの背中を押すのも本当は怖いのだ。

それでも前へと進むには、どちらかが、あるいはどちらも必要なこと。

そうして赤髪の青年は、帝国の運命をも背負いながら、南へと旅立った。



 揺れる荷馬車で赤い髪を持つ青年と碧い髪を持つ青年がこれからについて話し合っていた。

その二人の若さを見たら、帝国の命運の一端を握っているとは思えないだろう。

だが、荷馬車は着実に次の目的地へと進んでいた。


「アド、改めてよろしく頼む」


 ダリオンが、右手を差し出しそれを強く握った。


「ダリオン、こっちからも改めてよろしくね。ヴァルクさんにも頼まれたからね」


 ダリオンはそれに大きく頷いた。

これからもっと厳しい旅路になることは目に見えている。目標が定まっているようで、手掛かりは乏しい。


 そしてどれだけの時間や猶予があるのかダリオンには分からない。

帝国では恐らく、刻一刻と状況が変わっているはずだ。

だからこそ、帝国に送り返したヴァルクを信じ、これからうまくいくと祈るしかない。


「それじゃあまずは、これからについて整理しよう」


 そう言って、ダリオンは揺れる荷馬車で地図を広げた。

帝国より南が描かれた地図をなぞりながら、ダリオンは話す。


「まず、ここから南西に二日ほど進んだ場所にカイロス河がある。まずはそこの船着き場まで行くつもりだ」


「そしてカイロス河を川船で一気に下る。その後は馬に乗り換えて、交易町モラディアを目指す……。ここまではバルナバスが手配してくれている。問題は――」


「"バルミン"という商人をどう見つけるか……」


 アドルフが呟き、ダリオンが深く頷いた。

こればっかりは正直、運が絡む要素だと言える。なにせ、おおよその場所とバルミンという名前しか分からないのだ。


「モラディアに着いたら、聞き込みは俺の方でするよ。ダリオンは目立つとまずいからね」


 帝国からはだいぶ離れた土地ではあるが、間者が紛れているかもしれないと考えるとリスクはなるべく避けるべきである。


 そして第三王子であるダリオンと親しげに話すことができるというのは、多くの利点を生み出していた。

それはダリオンが上位階層の人間と思われなければ、半ば平民にも偽装できることである。

無論、アドルフはそんなことまでは考えていない。アドルフからすれば、ダリオンは守るべき対象で、大事な友人なのだから。


「まぁ今後も、表立っての行動は控えないといけないからな……。そこはアドにお願いするしかないな。そして……、」


 そう前置きをして、ダリオンは少し思案していたことを話す。


「もし仮に、このバルミンという商人を見つけられたとしても、エリセア姉上の居場所まで知っているかは分からない……」


「だからこそ、もし何の手がかりにもならない、あるいは見つけられそうにない場合は、ノヴァリス教国を目指そうと思う」


「ノヴァリス教国……」


 トラヴィスの傷を治した光の魔石がある宗教国家だ。

何故、ダリオンがノヴァリス教国を候補地としたのかは分からないが、ダリオンなりの考えがあるのは明白だった。


 そして揺れる荷馬車は、そこから一日掛けてカイロス河へと向かうのだった。


【あとがき】

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