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04 輸送依頼

 その日、トラヴィス率いる小さな行商は、大陸の中央に位置するレオフォード帝国の東部へと足を運んでいた。

そこが今回の依頼の指定場所だ。時刻は、朝焼けが空を染める直前。


 通常ではありえない集合時間に、眠気が襲ってもおかしくないはずだった。

だが、今回の依頼に対する警戒心からか、誰も眠気を感じていなかった。


 ほんのり冷たい空気を吸い込みながら、

ミレイナたちは人通りの少ない東門近くで、依頼主の到着を待っていた。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)


 ミレイナの中でそんな思いがよぎる中、裏路地から三人の人影が現れる。


 まず目に入ったのは、ガルドと並ぶほどの体躯を持つ男。

ローブで身を包んでいるが、見る者が見れば、相当な手練れであることが一目で分かる。


 もう一人は、すらりとした品のある老人。いかにも有能な執事といった風貌だ。

そして最後の一人は、アドルフと同じくらいの背丈で、仕立ての良いローブを身にまとい、顔を隠していた。


 最初に口を開いたのは、品のある老人だった。


「これはこれは、トラヴィス様。今回の依頼をお引き受けいただき、

 誠にありがとうございます。皆様も、どうぞよろしくお願いいたします」


丁寧な挨拶ながら、その声には「粗暴は許されない」と言外に伝えるような威圧感があった。


「おはようございます、マクレーさん。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

 挨拶を交わした後、マクレーと呼ばれた老人は、依頼内容を改めて説明し始めた。


「それでは早速……時間が惜しいので、端的にご説明いたします」


 声はよく通るが、周囲に漏れぬよう、慎重に音量を抑えていた。

その配慮からも、今回の依頼がただ事ではないことが伝わってくる。


「今回、トラヴィス様に運んでいただくのは――このお二方です」


 そう言って、マクレーはローブに包まれた二人に手を向けた。

仕立ての良いローブを着た人物が一歩前に出て、フードを取らずに軽く頭を下げる。


「トラヴィス殿、今回はよろしく頼む」


 その声は若々しくも、どこか芯の通った響きを持っていた。

だが、顔は見えない。フードの影に隠されたその表情は、誰にも読み取れない。


 その立ち居振る舞いと声の重みから、ただの貴族ではないように思えた。

もっと上の階級に属する人物なのかもしれない。


 アドルフと変わらないくらいの年齢に見えるが、

マクレーの品格も相まって、彼が相当な地位にあることは明らかだった。


 トラヴィス、ミレイナ、ガルド、リナス――皆が肌でそれを感じ取っていた。

ただ一人、アドルフだけは、貴族などへの距離感を知らないのか、いつも通りの挨拶をする。


「よろしくお願いします。アドルフです」


「こちらこそよろしく頼む。そして申し訳ないが、マクレーの言う通り、時間が惜しい。

詳細な話は、荷馬車の中でさせてもらってもいいだろうか?」


 どうやら、彼は相当に急いでいるようだ。

ここで機嫌を損ねるのは得策ではない。


 この世界で貴族と関わるというのは、面倒事に巻き込まれるのとほぼ同義だ。

どうやら今回、ミレイナたちはその“貧乏くじ”を引いてしまったらしい。


 とはいえ、横柄な貴族ではないことが、唯一の救いでもあった。


トラヴィスはミレイナに目配せし、無言の相槌を交わすと、すぐに返事をした。


「もちろんです。それでは出発しましょう――ラパンへ」


 普段ならこんな早朝に開門していないはずの東門が、静かに開かれる。

一台の小さな荷馬車が、朝焼けの空の下、貿易都市ラパンへと走り出した。


 荷馬車が東門を抜け、しばらく走った頃。

ようやく周囲の視線が届かない場所まで来たことを確認すると、

今回の荷物でもある青年が静かにフードを下ろした。


 朝の光が差し込み、碧い髪がふわりと揺れる。

その顔は、一見無愛想にも見えるが、芯の通った面立ちと表現した方が適切だろう。


「先ほどは、急ぎ出立させて申し訳なかった」


 青年は最初に謝罪から入り、そしてその名を口にした。


「改めて、紹介をさせてくれ。私はダリオン・レオフォード。レオフォード帝国の第三王子だ」


 その言葉に、車内の空気が一瞬で張り詰まる。

やはり、ただの貴族ではなかった――帝国の王族、それも第三王子。


 ミレイナは、顔には出さなかったが、心の中でしかめっ面になる。

同じく輸送対象である男も、その行動に少し驚いた様子だった。


「殿下、よろしいのですか?」


 つまり、ただの行商人に過ぎない者たちに対して、

 身元を明かしてもよいのか――という疑問だった。


 至極当然の問いだったが、ダリオンははっきりと答えた。


「お前も分かっているだろ? 信用は戦力だ。そして、隠し通すには限度がある。

それに、素性を知らぬ者を運ぶのは、互いの心労にも良くはないだろう」


 そう言って、ダリオンは再度ミレイナたちの方へ向き直る。

その立ち居振る舞いや、自ら決めて行動する姿勢から、彼が横柄な王族ではないことは明らかだった。


 王の血を持ちながら、謙虚さと人を従わせる才覚を兼ね備えた人物――それが、ダリオン・レオフォードだった。


「驚かせてしまったならすまない。だが、この旅路に協力してもらわねば困るのだ」


 その言葉に続いて、王子の護衛を務める大柄な男もフードを下ろす。

鋭い目つきと傷のある頬が、歴戦の戦士であることを物語っていた。


「俺はヴァルクだ。ダリオン様の護衛を務めている。改めてよろしく頼む」


 その名前を聞いた瞬間、ガルドが驚きの表情を浮かべる。


「まさか、あんた……“楯壁(じゅうへき)のヴァルク”か!? 

とっくに引退したと聞いてたんだがな……。まさかあの英傑に出会えるとは!」


 楯壁のヴァルク――帝国に住んでいれば、歴史書にも載る名だ。

西の軍事国家ジョルダーノの侵攻を、大きな戦力差がありながら、

援軍が来るまでの七日間、前線の砦を守り抜いた英雄の一人。


 王子だけでも衝撃的なのに、帝国の英雄まで同席しているとなれば、今回の依頼の“でかさ”は膨れ上がる。


「昔の話だ」


 ヴァルクはそうぼそりと呟いたが、傷のある頬も相まって、

目の前の男が本物の英傑であることに疑いはなかった。


 あまりにも面食らうような面子に、さすがのガルドとリナスも緊張で身動きが取れずにいた。


 だが、ミレイナは違った。

それは、最悪の事態を想定していたからかもしれない。

だからこそ、ここで強張っていてはならないことを理解していた。


 ミレイナは一つ息を吐くと、王子に向き直った。


「じゃあ、こっちも改めて自己紹介させてもらうよ。

私はミレイナ・カーウェル。行商の責任者の一人で、今回の依頼の窓口でもある」


 そして、荷台の前方からも声が聞こえる。


「既にご承知かと思われますが、トラヴィス・カーウェルです」


 やや興奮気味に、がっしりとした体格の男が笑いながら声を上げた。


「ガルドだ。まさか王子と楯壁のヴァルクの護衛をできる日が来るなんてな! 夢でも見てるみてえだ」


 続いて、弓を持った女性が軽く会釈する。


「リナスです。弓を使います。ガルドは無骨で失礼な奴ですが、腕はそこそこ立ちます。どうかご容赦を」


「おい、リナス、それはないだろ!」


「いいから余計なこと言って、王子たちを困らせないでよね!」


 そして最後に、アドルフが少し緊張した面持ちで口を開いた。


「アドルフ・マークです。行商の手伝いをしています。……よろしくお願いします」


 一通りの紹介が終わったところで、ミレイナは少しだけ声を低くし、王子を見据えた。


「さて、ダリオン殿下。殿下たちの素性は分かりました。けど、こっちは命を預かってる立場です。

こちらとしても無用な詮索はしたくない。けれど、これはただの旅じゃない――そうなんでしょう?」


 ダリオンは黙って頷く。


「だったら、こっちも事情を知らなきゃ、守るものも守れない。

何から逃げているのか、どこまでが危険なのか――教えてもらえますか?」


 その目には、商人としての冷静さと、母としての強い意志が宿っていた。


 ダリオンはヴァルクと目配せし、静かに口を開いた。


「今、帝国は――二つに割れようとしている」

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