38 頼れるメイド
エリンはこの二日間、いろんな書店から本を搔き集め、そこからさらに厳選していた。
それも全て今、目の前でエリンの講義を聞いているアドルフによるお願いから始まった。
「国の歴史や文化を知りたいです!」そうお願いされたのだ。
どうやら今後の護衛をする上で必要な知識を身につけたいということらしい。
そしてエリンはまさにそのお願いに適任と言えた。自分で言うのもなんだが、エリンは先輩メイド達から様々な事を学んでいる。
給仕や接待の作法だけでなく、貴族階級とまともな話ができるようにと、あらゆる国の文化や風習、歴史を教育されたのだ。
本来のメイドという仕事で言えば、そんなことは必要ないが、ここでは誰もが恩あるバルナバスの役に立ちたいがために行動している。
だからこそバルナバスを補佐するためにも、そういった教養が自然と身についていき、それが今の私の代にも伝播したというのが実情なのかもしれない。
そういった体制ができているのは、この世界ではかなり珍しいだろう。
いや珍しいというより、そんなことを出来ているのはバルナバスのところだけかもしれない。
だからこそ、各国でお店を開くことが出来ているし、その経営を任せられるメイドが育つのだ。
そしてエリンもその一人であり、彼女はメイド長でもある。
だからこそ今回のアドルフからのお願いは、エリンにとっても叶えやすいものと言えた。
そして今、何冊か分かりやすい本と共に小さな部屋でエリンによる講義が続いていた。
教えられる期間はとても短い。だからこそ要点を絞った上で話し続けた。
まだたったの二日しか教えていないが、エリンはアドルフの飲み込みの早さに正直驚いていた。
聞いたところ、彼は小さな村の出身らしい。特にこれと言って勉強という勉強はしてこなかったということだ。
それでもトラヴィスやミレイナによって一般的な常識等は教えてもらったとのことだった。
だが、それにしても覚える早さが尋常じゃない。昨日話した内容を復習しようと思ったら、ほぼ完ぺきに覚えていた。
それだけ必死なのかもしれないと思ったが、それだけじゃ説明できないほどの理解力を持っていると感じた。
(こんな子、今まで教えてきた子でも、いなかったかも……。)
エリンはメイド長になってから、後輩の教育にも力を入れていた。
ピンもその一人である。もちろんピンは基本的にお転婆のように見えるが、給仕や片付け、そして最も大事な"気配り"に関しては秀でるものがある。
そして別に彼女だけでなく、そういった才能を持った子がバルナバスのところには多い。
それもバルナバスの目利きが確かと言えるのかもしれない。
だが、そんな才能ある子達よりもアドルフはちょっと異質に思えた。
単なる才能なのかとも思ったが、アドルフには学ぶことに関して下地があったのだ。
アドルフが、みんなを集めて自分の過去について話してくれた時間があった。
ミレイナだけは既に聞いていたようだが、トラヴィス、ガルド、リナス、そして偶然居合わせた私も含めて話してくれた。
それはあまりにも聞いたことが無い話の連続。
そこで初めてアドルフが、ついこの間まで過去の記憶がないまま生きていたことを知ったし、
魔物を狩る専門の職業があり、それが"冒険者"という名前だったということも語ってくれた。
エリンも様々な事を教えてもらっていたつもりだったが、そんな話は聞いたこともない。
バルナバスに古い歴史書を読ませてもらったこともある。
それこそメロカログ王国がまだ存続していた時代や、その少し前の時代のこともその歴史書には載っていた。
しかしその古そうな歴史書にも、そんな職業は存在しなかったと思う。
だからと言って、アドルフの言っていることが嘘には思えなかった。
なんせあのヴァルクの剣を受け止めた現場に私も居合わせたのだ。今考えれば、その時点で常識の範疇を超えている。
私より年下の男の子が、国の英雄と呼ばれた人の剣を受け止められるはずがない。
だが、その理由も"魔物と戦うために鍛えられた"と説明されれば、納得できてしまう気がする。
この世界にとって魔物は、脅威と恐怖の象徴のようなものだ。
私が過去に接客させてもらった貴族の方も口を酸っぱくして言っていたのを覚えている。
『魔物が出た土地だけは取りに行くな』と。
私兵を持てる貴族達ですら、相手をしたくない相手だ。いや言い方を変えれば、相手をしてはいけない相手である。
今考えれば、魔物という存在は不可思議なモノである。どこから現れているのかもよく分からない。
現に今はどこに住んでいて、どうやって生きているのかも分からない。
歴史から見ても魔物を退けたのは強力な魔法が扱える魔晄炉の近くに限るとあった。
そしてそんな積み上げられたイメージの中で、絶対的に揺らがないのは生身の人間が敵う相手ではない、ということだ。
だからこそ魔物を倒すための剣技というのは、もはやそれ自体が伝承や伝説と言ってもおかしくない。
大陸は広いからこそ、私が知らないだけなのかもしれないが、
かなりの知見を持っているバルナバスでさえ知らないことだろう。
そして同時にアドルフには、かなり慕っていたと思われる師匠が居た事も分かった。
アドルフはその人に会ってどうしたいかは分からないが、とにかく会って確かめたいと言っていた。
探すためにも今回の護衛についていくことが、アドルフの中で最善に思えたと。
『護衛にも憧れてたからね』と恥ずかしそうにガルドとリナスにも話していた。
そんな経験をしてきたからこそ、アドルフの飲み込みが早いのかもしれない。
そもそも学ぶという事に対して、慣れているのだ。
まぁそれだけではやはり説明できないが、教える側としては教え甲斐のある生徒だった。
そして講義を聞いているアドルフが、ふと質問してきた。
「エリンさん、次はメロカログ王国について教えてほしいです」
エリンは頷いて、まずはアドルフに確認した。
「アドルフ様、既にメロカログ王国は滅んでいるのは知っておりますね?」
「はい、確か戦争で……滅んだと母から聞きました」
メロカログ王国は今からおよそ百二十年程前に滅んだ国である。
そして世界で初めて――七支樹が失われた最初の国だ。
「そうです。そしてその戦争で、世界で初めて七支樹の一本が消えました。
現在は世界に六本の七支樹があります。"七支樹"という言葉、それ自体がその時代からの名残になります」
「では、その肝心の戦争相手はどこだったのか……。それが今は大国の一つである軍事国家ジョルダーノになります。ですが私も、どういった経緯で七支樹が失われたのかは分かっておりません」
「メロカログが自ら、七支樹を取られまいと壊したという説や、ジョルダーノ側が燃やした等、様々な説が唱えられていますがどれも真相は分かりません。ですが……」
そう前置きしてエリンは続けた。
「その後にメロカログ王国に起こったことは、周知の事実です」
アドルフは小さく呟いた。
「"灰域"……」
「そうです。このメロカログ王国が滅んだ時に初めてそれは観測されました。"灰域"とは知っての通り、魔法を一切行使できない土地のことを指します」
どんなに七支樹から離れていても、魔石に魔力が充填されていれば、魔法は本来扱える。
だが、メロカログ王国が滅んだ後、そこに向かった人々からその現象は報告されたのだという。
そしてそういった特殊な土地を何も生み出せない場所として、"灰域"と呼ばれた。
「そして現在は、魔物が棲みついているとも言われております。これに関してはあくまで噂です」
「今はあの地域には、町も村もありません。魔物が出るという噂はそれだけ強力な情報です……」
アドルフはこんな感じでたくさん質問してくる。
そしていつも嬉しそうに「ありがとうございます!」と返事をしてくれる。
これから王族を護衛するという大役を買って出ていながら、どこかこういったことを学べること自体を楽しんでいるのかもしれない。そんな彼の表情を見て、なんでアドルフは飲み込みが早いのかようやく分かった気がした。
とても単純な理由なのかもしれないと思ったエリンだった。
【あとがき】
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