37 行く末
時は少しだけ遡り、トラヴィス達がカエデへと出立した当日。
トラヴィス達を見送ったその後、ダリオンはバルナバスの事務所で一人考えに耽っていた。
「んー……」
既に南に向かう手筈をバルナバスに頼んでいる。
今後の方針が決まったのは昨日のことだが、バルナバスであれば今日中には話をまとめてくるだろう。
ヴァルクもさっそく昨日の夜にはラパンを出立したとのことだ。そしてダリオンは大きなテーブルに視線を再び落とす。
そこには昨夜、アドルフも交えた会議で使ったこの大陸の地図が広げられている。
誰がこれほどの地図を描いたのか想像もつかない。
そしてどの程度この地図を信用していいかは分からないが、自分が見てきた文献からして、この地図はかなり細かく描かれていると思っている。
だからこそ全体を見渡し、今後の動きについて頭の中を整理するには向いていた。
今までの移動ルート、これからの移動ルート、これまで起きた事、これから起きそうな事を一つ一つ思案する。
そして思い起こされるのは、何度も道中で起きた襲撃。だが、結果としてダリオンは無事にラパンに着いている。
「リシェル様はどこまで予想していたのだろう……」
ふと、そんなことが頭を過った。
現王の側室の一人であるリシェル・ヴァレンティアは、元は西の方にあったヴァレンティア王国という国の王女であったと聞いている。
戦争によってその国は滅び、今の帝国に嫁いできたという経緯であるが、宮廷内では特に目立った人物ではなかった。
その美しさは確かに人目を引くものではある。しかし政治的な駆け引きや、後継者争いなどに一切首を突っ込まない方で有名だ。
ただの美しい側室の一人という認識が世間一般から見た評価だろう。だが、対面して言葉を交わせばすぐに分かる。
政治的な思惑や、国家間などの話合いに積極的に参加しないのは、単に分からないという訳ではない。
むしろ分かり過ぎているがために、あえて何も言わないのだ。帝国で起きていた貴族と王族の小さな亀裂も、見逃さないほどに。
今は側室という肩書を与えられているが、彼女の持つその雰囲気はやはり一国の王女であり、
国を動かす指導者とはこのような人のことを言うのだとダリオンは思っていた。
そう思っているのはダリオンだけではない。恐らく兄である第一王子のアドリアンもそう思っているはずだ。
だが、最初はもちろん何故亡国の王女を側室にするのかと宮廷内では荒波が立ったと聞く。
それこそ貴族派にあれこれ言われる材料を作るようなものだと、王族派からも言われる始末だったと。
だがいつか現王グレイ・レオフォードである自分の身に何かあったときに、
王族を、自分たちの子供らを守ってくれる存在を傍に置いておきたかったのかもしれないとダリオンは思った。
そう思わせるほどの人物が、リシェル・ヴァレンティアという方だ。
まさにそれは適任と言えただろう。現にこうやってラパンまで逃げ込めたのも、元はリシェルからの手引きがあったからだ。
そしてエリセアと合流することが、リシェルからの伝言の一つであり、ダリオンの次の目標だ。
だが正直、その後の事はまだ何も決まっていない。
「エリセア姉上と合流した後の事……」
その時には帝国の状況も大きく変わっているかもしれない。案外、あっさり帝国に戻れるかもしれない。
だが、そんな淡い期待はすぐに消すことにする。もしそんな風に収まるのであれば、そもそもダリオンたちは帝国から脱出していないのだ。
そして一番の問題は帝国内の情報が入ってこないことだ。
そもそもエリセアと合流するようにとの記述から、エリセアも刺客に追われることを見越して、帝国から逃がしていると推察できた。
そしてダリオンは地図に、もう一度視線を戻す。
中央には帝国、東にはラパン、北には魔導国家イレイン、西にはジョルダーノとノヴァリス教国がある。
南には目立った大国は存在しない。
そこで一つの推察が頭を過ぎり、地図の左側に視線を移した。
「ノヴァリス教国……」
七支樹を信仰の対象として、国家を運営している国であり、光の七支樹を保有している国。
ちょうど東側に位置する貿易都市ラパンから見れば、真逆にある国である。
もしエリセアにも追手が向かうのであれば、恐らくダリオンと別れさせた方がより敵方を分散できる。
もちろん別れる事が最善でない時もあるが、一緒に居るところを襲われるよりかは遥かに良い。
何しろ護衛対象が増えるというのは、護衛を行う身からすれば集中できない要因にもなり得る。
そしてリシェルは西にあった王国の王女ということからも、何かしらの伝手が西側の国にあってもおかしくない。
東側のラパンにでさえバルナバスのような協力者を持っているのだ。
普通に考えれば、西の大国であるノヴァリス教国に協力者が居ても何ら不思議ではないように思えた。
今回の南に行くという選択は結果として功を奏したと言えるだろう。
もし何も当てがないのであれば、ダリオンは次にノヴァリス教国を目指すのが妥当に思えた。
結果として、緊張状態にある中央にある帝国を避けて、貿易都市ラパンからノヴァリス教国に向かうには北か南のルートしかない。
より安全を考慮するのであれば、南回りより北回りの方が幾分か安全ではあるが、そこは割り切るしかない。
どれも確約された情報じゃないからこその選択だ。
そこまで考えたところで、誰かがドアをノックする。
「何かあったか?」
ダリオンが返事をすると、扉越しにメイドが報告してくる。
「ダリオン様、お食事の用意ができました。またバルナバス様より、手紙を預かっております」
既に時刻は正午を超えていた。そこまで多くの時間を掛けたつもりはなかったが、意外にも時間は進んでいた。
「そうか、ありがとう」
ダリオンはバルナバスからの手紙に目を通す。そして小さく呟いた。
「三日後か……」
ダリオンは食事の前に筆を執り、急ぎで手紙を書き上げ、メイドに手渡した。
「これをカエデに居るアドルフの元へ頼むよ」
メイドは丁寧に一礼して、すぐに駆け出していった。
「さて、あとは……」
ダリオンはバルナバスの手紙をもう一度見る。
その内容には、南への行路やカイロス河を下る船の手筈等が書かれている他に、ラパンの近況報告が載せられていた。
『反魔晄団体というローブの集団にご注意を!』そう書かれている。
ダリオンもラパンに着いてから、何度か見かけている。
どんな集団なのかも分からない。最初は訳の分からない一人が騒いでいるかと思いきや、連日人通りの多い場所でその者らは現れた。
何度捕まえても、代わりの者が現れる。商店街のお店でもかなりの噂になっていた。
だが、もうすぐラパンを発つ予定であるダリオンからすれば後回しの対象であるが、バルナバスはかなり気にしているようだった。
商売人からすれば、あの手の輩は客足を重くする要因になり得るのだろう。
そして後の歴史学者達は口を揃えてこう言った。
この後に起きた貿易都市ラパンの出来事が世界を大きく変えてしまったと。
だが、そんなことは今を生きる者たちには伝わるはずもなかった――。
【あとがき】
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