36 二人のメイド
アドルフは、オルドから剣を受け取った後、新しい家に戻ると、そこには二人のメイドが居た。
「そして、これこれこうで……以上です!」
いつものように上官に報告するように、可愛い敬礼をしているメイドがそこには居た。
バルナバスのところで働いているピンである。
そして上官役というより、上司であるもう一人はその敬礼に対し、こめかみを抑えながら注意していた。
「ピン、報告ありがとう。けど、その仕草はバルナバス様のメイドとして相応しくないのでおやめなさい」
「承知しました!」
そう言って、いつも通り敬礼で返すピンに対し、エリンは頭を抱えた。
この光景は二度目だが、そのやり取りは手のかかる妹を相手にしているようで、何度見ても微笑ましい。
少し遠くから笑っていると、ピンに気づかれる。
「あ!」とピンに指を差され、それにエリンも振り返る。
「アドルフ様、戻られてたんですね。ん?何を笑っておられるんですか?」
「いや、エリンさんとピンのやり取りが姉妹みたいでつい……」
その言葉にピンは嬉しそうに跳ねる。
「メイド長が、私のお姉ちゃんに!? 嬉しい! お姉ちゃん大好き!」
そう言って、ピンはエリンに抱きついてしまう。
エリンが必死に剥そうとするが、ピンは気にせず猫のようにしがみついたまま離れなかった。
ピンは顔を埋めながら、「いい匂い……」と呟く。
その言葉を言われた直後、エリンはアドルフとほんの一瞬だけ目が合い、珍しく耳を赤らめた。
「ピン、アドルフ様の前ですから、は な れ な さい!」
しばらく攻防は続き、ようやくピンは引き剥がされた。
そしてこっぴどく叱った後に、エリンは少し乱れたメイド服を綺麗に整え、アドルフに何事もなかったように話しかけてきた。
「アドルフ様、殿下より連絡がございました」
その切り替えの早さに少し面食らったが、どうやらピンはダリオンの遣いでここに来たのだろうと推察できた。
そしてエリンは周りを見て、「ここでは人目もありますので、中でお話致しましょう」
人目を引いたのは二人のやり取りであったが、アドルフは何も言わずに家の中に入った。
トラヴィスとミレイナはまだ一階部分の改装について話し合っていた。
二階に上がり、部屋の一室を使ってダリオンからの言伝を聞いた。
「アドルフ様、こちらはダリオン殿下からになります」
そう言って、一枚の手紙を渡された。
『アドへ――トラヴィスさんは無事に治療できたと報告を聞いているよ。本当に良かった。
そして重ねて今回の危険な護衛を引き受けてくれたことにお礼を言わせてほしい。今後の協力にもね。
そして本題だけど、バルナバスのおかげで出立の準備が整いそうだ。
出立は三日後の早朝にラパンの南門に集合で。かなり急で申し訳ないが、よろしく頼むよ。』
(いよいよだ……。あと三日か)
その手紙を読み終え、アドルフは改めて顔が引き締まった。
その顔を見て、エリンが話す。
「バルナバス様からも出立の日取りについては伺っております。
またバルナバス様からは、アドルフ様に何か手伝えることがあれば手助けするようにと仰せつかっておりますので、
私たちに出来ることであればなんなりと言いつけてください」
そして先ほどまで凹んでいたピンもこちらに敬礼をしながら、
「アドルフ様を助けることこそ、バルナバス様を助けること!」と元気な声で言っている。
既に怒られたことはなかったことになっているのかもしれない。
そしてアドルフは頼れるメイド達の前でしばらくの間、考えていた。
アドルフとしては、今後のために何をするかは既に決めてあった。
だからこそ、いま悩んでいるのは二人に本当にお願いしていいのかということだけだった。
「それじゃあ、エリンさんとピンにお願いがあります」
そのアドルフのお願いに、ピンはすぐにラパンに戻っていった。
エリンも、既に日が暮れ始めているが書店に急行してくれた。
アドルフがお願いしたのは二つ。
これから訪れる可能性のある各国の歴史や情勢を知りたいということ。
過去の記憶では、辺境の村で過ごしていたこともあり、アドルフには七支樹がある国の教養があまりない。
あくまでどんな七支樹があるかどうかと、その国のイメージしかないのだ。
しかも今持っているイメージとは、そこらへんで話されている噂で構成されたようなものだ。
とても純度の高いモノではなく、とても信頼のおける情報ではない。
そしてこれから向かう南の地域に関しても、数回行った程度であり、どのようなルートや道があるかを把握している訳ではない。
行商としての最低限のルートしか知らないのだ。それではいざという時に、選択できる道が狭まる。
護衛という役割がどこまでのことをするのかは分からない。だが、アドルフはここまでの旅で見てきたのだ。ヴァルクの背中を。
ヴァルクの代役なんておこがましいかもしれない。だが、確かにヴァルクから頼まれたのだ。
その為、ピンには南に関する地図や情報があれば、共有してほしいとお願いした。
少し悩んだ後に、すぐに「ラパンに戻ります!」と言い、さっさと出て行ってしまった。
無計画で出ていったのではないかと心配になったが、エリンからこう言われた。
「アドルフ様、ピンは確かに言うことをあまり聞いてくれませんが、それでもバルナバス様に見出されたメイドの一人なのです。
心配せずとも、必ず最善の物を持って戻ってきますので」
何の心配もしていないエリンを見て、アドルフも不安はなくなった。
「エリンさん、ピンのこと信頼してるんですね」
「私の大切な後輩ですから」
エリンは嬉しそうに窓の外を見ながら笑う。その横顔に一瞬見惚れる。
「それではアドルフ様、私も役に立つ本を集めてまいりますので、これで失礼致します」
そして二人が出ていったところで、アドルフは改めてオルドから貰った剣を見る。
「まずはできる限り思い出さないと……」
そう呟きアドルフも家を出る。向かう場所は、ガルドが教えてくれた廃屋。
その日から使われなくなった廃屋でけたたましい金属音が響き、廃屋には剣の幽霊が出ると噂になったのは別のお話である。
【あとがき】
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