35 獣の角
その角は、とても大きなものだった。それこそ長さにしたら、アドルフと同じくらいの背丈がある。
太さも根元に関しては、人の胴体くらいに太い。明らかにそこらの獣の角ではない。
だがその角は、綺麗に台座に置かれている。要するに断面がほぼ水平なのだ。
そしてオルドが腕を組みながら、聞いてくる。
「これが斬れるか?」
アドルフはじっくりとその獣の角を見る。そしてドロミンから教えられた膨大な魔物の知識が頭を駆け巡る。
そして、微かな記憶を辿って名前と一緒に、その魔物に関しての知識が蘇る。
「……アケロオス」
それはもう存在しない強大な魔物の個体名。
その呟きに、オルドは目を見開いた。
「お前……この角を持つ獣について分かるのか?」
それにアドルフは補足する。
「見たことはありません。ですが、先生からは船で渡るほどの大きな湖に棲んでいたと聞いています」
アドルフは剣をゆっくりと構えた。
そして構えた瞬間にアドルフには分かった。この剣は、『質は良くない』なんてことは一切ない。
それは逆説的に言えば、これ以上の剣をオルドなら打てるということなのだ。
だからこそ、アドルフは集中する。なぜこの角を斬らないといけないのかはどうでもいい。
このオルドという鍛冶師に認められれば、より良い剣を、みんなを守るための剣を作ってくれる気がしたからである。
短く息を吸い込み、横一閃に剣を振るった。けたたましい音がその部屋に響く。
そして、アドルフの持っている剣は砕けてしまった。角は、刃が当たった箇所が削れた程度のものだ。
いや、ほんの少しだけ切り込みができている。
だが、結果として斬れなかった。そしていましがた渡された剣も二つに折れていた。
アドルフは慌てて謝った。
「すいません! こんないい剣を! お金はもちろん払います!」
そう言って、バッグからお金を取り出そうとした時に、
ゆっくりとオルドは、その角に出来た小さな切り込み口を見ながら言った。
「いや、僅かだが斬れているな…。それにまさか本当にその剣で斬れるとは思っていなかった。こいつならもしかしたら……」
その続きを話す前に、オルドはアドルフに向かって矢継ぎ早に質問してくる。
「その前にだ。何故お前はこの角のことを知っている?それに"先生"とやらは誰だ?」
その質問にアドルフは、どこから話せばよいのか分からなかったが、なるべく簡潔に説明した。
昔、黒髪で金色の瞳を持ったドロミンという人に剣や魔物について教わったこと。今はどこで何をしているかも分からないこと。
彼女が"冒険者"という職業だったことを話した。
アドルフが話している間、オルドは腕を組みながら、黙って聞いていた。
話を聞き終えたところで、オルドは語り出す。
「そうか……。俺はこの角の持ち主である獣の名前は知らない。だがそうか、アケロオスというのか…」
その角の主の名前が分かり、少しだけだがオルドは笑った気がした。
そしてオルドはこの角の事について話し出した。
「この角は亡くなった祖父が大切にしていたものだ」
その言葉にアドルフは固まる。
「え……」
そして一瞬脳が固まってから、血の気が引いた。
「すいません! そんな大切なものを!」
そもそもはオルドからの提案のはずであるが、アドルフは剣を駄目にしたことも相まって、再度頭を下げた。
「いちいち頭を下げるな」
ぴしゃりとオルドに怒られながらも、ゆっくりと続きを話す。
「そしてこれを"斬る"ということは、己への証明でもある」
「……証明?」
「あぁ、俺が祖父と並び立ったと証明するには、これを斬れる"剣"と。その剣を扱える"使い手"が要る。
その二つなしでは、この角は絶対に斬れないと祖父は語っていた」
そして折れた剣を拾いあげながら、オルドは話す。
「この剣は、親父が打った剣だ。だがこれも親父の自信作でもなんでもない。ただ依頼されて作った剣に過ぎない」
その言葉からは、どこか悔しそうな感情も滲み出ていた。
「だが、そんな剣でもお前は"これ"に傷をつけた」
オルドは傷がついた角と目の前の赤髪の青年を交互に見て、覚悟を決めたようにアドルフに宣言した。
「アドルフと言ったか……。俺が最高の剣を打ってやる」
「そこで、待ってろ」
しばらくすると、新たな剣を一本渡された。
先ほどと同じ剣であり、鞘にはやはり同じ紋章が彫られていた。そして鞘に関しても先ほど同様に少しだけ朽ち始めている。
「それは俺が昔打った剣だ。幾分はマシなはずだ。鞘は昔に作られたものをそのまま使っている」
そしてオルドは、こう続けた。
「お前に打つ剣だが、恐らく五年は掛かる。だから五年後に、またここに来い」
その言葉にアドルフは固まった。
長すぎると思ったが、むしろ五年も掛けねばいけないほどの剣と考えると、とても胸が熱くなった。
だが、疑問はやはり残る。
「オルドさん、なんで俺に剣を打ってくれるんですか?」
その言葉にオルドは、どこか遠くを見ながら答えた。
「俺の親父の代には、"使い手"は現れなかったと言っていた。戦争のために作りたくもない紛い物のような剣を沢山作らされた」
「人間同士が争う時代に生まれてしまった親父には同情する……。もっとも弱い種族同士が争う時代に、本当の英雄や化物が現れるはずもない。
そして俺も、親父と同じ時代を生きているからこそ、親父の気持ちが良く分かる」
「どいつもこいつも親父が作った紛い物の剣を、最上級の業物として評価する剣士や騎士ばかりだ。あんなのは親父が作りたかった剣じゃない……」
「そしてそんな奴らでは、過去に居た化物や神をも殺していた英雄の足元にも及ばなければ、当然それらの遺物にでさえ、傷一つ付けられないだろう」
そこでオルドはアドルフの目を見て言う。
「だがお前は、あの角に傷をつけた。これは別にお前を評価しているわけじゃない。
だが、もしかしたら祖父が話していたような時代に戻り始めていると思ったからだ」
オルドの言う祖父の時代とは、どんな時代だったのかアドルフには想像もつかない。
そもそもオルドは何歳なのかも分からないアドルフにとっては、考えても仕方ないことでもある。
だが、オルドが言っていることはなんとなく理解できた。
先代を超える。その意思がこのオルドという男に剣を打たせている。
そしてそんな大事な役目をアドルフに与えようというのだ。今しがた出会ったこんな自分に。
自分はオルドが期待しているような英雄では恐らくないだろう。だが、きっと意味があるのだ。
いや意味があると思いたいだけなのかもしれない。
しかしアドルフは一つ確信している。ダリオンの護衛を決めた時に、ドロミンを探すと決めた時に。
より強くならなくてはならないと。
今後、ダリオンを守るということは、もっと危険な目に遭うだろう。
もしドロミンに会えるとするならば、それはさらに危険な場所なのだろう。
そしてオルドが話している英雄像こそ、アドルフにとってのドロミンそのものだったからこそ、
その剣を持つに相応しい"使い手"にならねばと思った。
【あとがき】
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