34 鍛冶師オルド
アドルフは、町の北へと歩を進めた。
カエデは、町の中心に行くほど商業施設が多い。一方で、北側には民家が立ち並んでいた。
そしてふと山を見上げると、饒舌な店主の言っていた通り、山の影から煙が立ち昇っているのを見つけた。
(あそこかな……?)
まさか剣を購入するだけで、山に入っていくとは思わなかったが、より良い剣が手に入るなら、それに越したことはない。
戦士にとって、信頼できる武器というのは絶対に欠かせないこととガルドから教わったことがある。
今回の護衛任務でも、ガルドとヴァルクは特に武器への手入れを欠かさなかった。
あの二人がアドルフにとっての指標であるからこそ、剣なら何でもいいという認識は改める必要があると山を登りながら思っていた。
思い出された記憶の中のアドルフは、ほとんどを木剣で過ごしていた。
そのため、剣の事をどこか消耗品と思いこんでいた節はあったのだ。
よくよく考えれば、自分の命を預ける物であるからこそ、もっと大事に扱うべきなのは当たり前のことだ。
そんな内省が終わる頃には、煙がモクモクと立ち昇る建物の前に着いた。
木造の丸太を重ねたような家と、煙が出ている石で作られた建物がそこにはあった。
恐らくあそこが、鍛冶を行う炉なのだろう。
そしてここまで来てしまったが、どう見てもお店という雰囲気ではなく、ただの家にしか見えない。
とりあえず、先ほどの店主に紹介されたということしか、こちらからは言えない。
アドルフは意を決して、玄関にあったベルを鳴らした。
チリンチリンと心地よいベルの音が森に響く。だが、特に反応はない。
だが、ベルが鳴りやむ直前に、煙が出ている炉と思われる建物から、金属同士をぶつける音が聞こえてくる。
「あっちにいるのかな?」
そしてアドルフは炉の方へ向かい、少し重たい木の扉を開けながら声を掛けた。
「あの、オルドさんはいますかー?」
ゆっくりと中を覗いた瞬間。
誰かが、奥で座っているのが一瞬見えたと同時に、とんでもない速さで何かが飛んでくるのが見えた。
咄嗟のことで、考えるより先に身体が動いた。すぐに扉を閉めなおし、その飛来物を扉で受け止める。
何かが扉に刺さるような音が複数聞こえた。
アドルフは何が起きたのか一瞬、理解できなかったが中から声がする。
「なんだヒューマンか……。すまない、入ってきていいぞ」
中から男の声が聞こえる。
その声の通り、今度はさっきより慎重にアドルフは扉を開け、中を覗き込む。
頭だけ部屋に入り扉を見ると、刺さっていたのは三本の短剣だった。
しかも的確に、三本とも同じところを目掛けて刺さっている。
それを見て、というよりいきなり短剣を投げ込んでくるような人に、これから愛用すると思われる剣を頼んでいいのか分からないと思った。
それは当然である。だが、店主の話通りなら、ちゃんとした騎士団に剣を打ったことのある人物であるという事実がアドルフの頭を余計に混乱させていた。
(このまま何も見なかったことにしようかな……)
そんな風に考えていると、奥の家主が何事もなかったかのように言ってくる。
「何をしている? 早く入れ」
「は、はい!」
そのあまりの勢いに押されて、アドルフは建物の中に入った。
その男はまるで教官のようによく通る声をしており、瞳は橙色で大きな目を持っていた。
頭には、布を何重にも重ねているような独特な被り物をしているが、髪は長くその被り物からも溢れている。
またこの室内はとんでもなく熱い。やはり見た通り炉が置いてあり、その炎が荒れ狂うように燃えているのが見える。
しかしその男は額に汗も浮かばせないばかりか、皮膚まで露出しないように全身を布で覆っていた。
そして何も言えなくなったアドルフを見て、その男は問うてきた。
「それで用はなんだ?」
とても短く、要点だけを問うものであるが、アドルフはまるで自分が尋問されているかと感じるほどの威圧感を感じた。
そして絞り出すようにアドルフはここに来た理由を話す。
「あの、ここはオルドさんの鍛冶場で合っていますか……?カエデにいる武器屋の店主に言われて、剣をお願いしようと思って……」
その返答に少し品定めをするかのように、アドルフを下から上まで見る。
そして不思議そうな表情を浮かべながら、どこか迷いのある顔つきになった。
オルドは不思議だった。この赤髪の青年はどこにでもいるような青年に見える。
だが、今まで出会ってきたどの人間とも違うように思えた。それは別に、オルドの中のただの直感に過ぎない。
だからこそ、思わず口にしてしまったのだ。
「お前は何者だ?」
アドルフには、その問いの意味を到底理解することはできないが、何か答えなければまた短剣が飛んでくるのではと思い、咄嗟に答える。
「アドルフと言います!商……じゃなくて、見習いの護衛です!」
思わず"商人"と言いかけたが、もうこれからは護衛である。だが、こんなうっかりと"護衛"と言ってしまったことをすぐに後悔した。
王子の護衛というのは、公然の秘密だ。だがどうやらオルドの求めていた答えではなかったらしい。
オルドはその返答に、静かな怒りを燃え上がらせ、アドルフを睨む。
「護衛の見習い? 俺を馬鹿にしているのか?」
アドルフは慌てて言葉を足した。
「まず馬鹿にしていませんし! 見習いは本当です……! だから、その……失礼しました!」
もう会話が成り立っていないからこそ、アドルフはドアノブに手を掛ける。
(剣はやっぱり、さっきの店主の所で買おう! よく分かんないけど、絶対に危ない人だ!)
短剣を投げられた時に、すぐに引き返しておくべきだったのだ。
勢いに押されて、部屋にまで入ってしまったが、このオルドという人物は危ない。
そして部屋から出ようとした時に、後ろから声を掛けられる。
「おい、待て人間。いや……アドルフと言ったか。お前は剣が欲しくてうちに来たのか?」
アドルフとしては、最初に伝えたつもりであったが、改めて聞かれたため、一応答える。
「はい……。『この世界で一番だと』、武器屋の店主が言っていたので……」
すぐに帰りたい雰囲気を醸し出しているアドルフに対して、気にもせずオルドは腕を組んで悩んだ。
その時間はどれくらいだったのだろうか。結構な時間、アドルフはドアの前でオルドの返答を待っていた。
勝手に出れば、それこそ短剣だけでなく、そこらへんに置いてある剣も飛んでくるかもしれないと思ったからである。
そしてようやくオルドの腕組みが解かれ、何本かの剣が置いてある壁の方へ向かい、その内の一本を壁から外し、アドルフに渡してきた。
「こいつを使え。質は良くないが、見習いというならこれで十分だろう」
その剣は、すでに相当な時間が経っているのか、朽ち始めているという表現が正しいだろう。
見た目はどこにでもあるような普通の剣だ。
そして、その古びた鞘に紋章が彫られていた。二つの王冠がそれぞれ交差する剣に貫かれており、その背景には玉座の様なものが見える。
アドルフとしては、見たこともない紋章である。
だがそんなことより、なぜ剣を渡されたのかも分からなければ、なぜわざわざ『質が良くない』ものを渡してきたのかも理解できなかった。
しかし、鞘から剣を取り出すと刀身は磨かれており、なんというか重さのバランスが良いと感じた。
質が良くないと言われたが、素人目から見ても全く問題ないように見える。むしろとても良い。
そして何事もなかったかのように、オルドは自分の椅子に戻っていった。
その行動にどうすればいいか分からないアドルフであったが、とりあえずお礼を言う。
「あ、ありがとうございます!……あ!この剣いくらですか?」
「金はいい。……いや、こいつを斬れたら、金は要らん」
そう言って、部屋の奥にある円錐の形をした物体を指さした。
その見た目は、貫くことだけを考えた、螺旋に伸びた獣の角だった。
【あとがき】
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