33 準備期間
トラヴィスを治療してから、数日が経った。
数日間、寝込んでいたとは思えないほど元気なトラヴィスとミレイナがさっそく一階部分を開店するために改装していた。
トラヴィスは既にこの町を気に入っていた。貿易都市ラパンで商売をすることは結局のところ叶わなかったが、
結果として、とんでもなく太いパイプであるバルナバスとも繋がれているのは商人としてやっていくにはあまりにも大きい。
いつかはラパンで店を持ちたいと思っているトラヴィスとしては、今回の護衛の報酬はまさに死ぬ思いで掴んだものと言える。
どちらかといえば、ずっと心労の多かったミレイナもトラヴィスが元気になり、今は顔色も良い。
リナスは、なんか前より優しくなった気がして少し気持ち悪いと言っていた。
リナスやガルドたちからすれば、ミレイナはどちらかと言うと姉御のような存在だ。
しかしその強気な性格も、今回の旅路で落ち着いたのかもしれない。
本人にその自覚はないが、口調もどこか優しくなった気がするとリナスは言っていた。
アドルフからすれば、ミレイナはいつも優しいからこそ特に気になることではなかった。
そしてさっそく開店準備をしているという報告を受けたバルナバスから、
何人か開店準備の手伝いをと提案されたが、トラヴィスはその提案を丁寧に断った。
「これ以上、バルナバスさんのお世話になるのは流石にね……。もう十分過ぎるほど、お世話になっているからね」
アドルフもそれは思っていた。いつかどんな形で恩を返せばいいかわからないほどである。
なんせバルナバスは大金持ちの商人なのだから。
バルナバスからは、「礼は、既に殿下を運んできてもらったことのみで、何も望まないよ……」と言いつつも、
トラヴィスとミレイナの気持ちを察して、最後にこう付け加えた。
「それであればリシェル様かエリセア様からお願いされることがあれば、協力してもらうよ」と言っていた。
リシェル様とは、レオフォード帝国の現皇帝の側室の一人だ。
そしてエリセア様とは、そのリシェル様のご息女だ。
そんな人たちの願いなんて、普通の一般人には背負いきれるものでもないし、
そもそも、一般人でもあるトラヴィスやミレイナからすれば、その"お願い"が発生するというのはまずない。
結果として、遠巻きにお礼はいらないということになるが、
自分らの息子が王子の護衛になると決まったからには、あながち遠い"お願い"ではなくなっているのかもしれない。
その言葉にトラヴィスとミレイナは、深く頷いた。
今日アドルフは、武具店を回ると決めていた。
まだダリオンからの連絡はない。だが、準備は出来るうちにしておいた方がいい。
さっそく、エリンから聞いていた武具店を訪れていた。
一店舗目は、どちらかと言えば武器寄りのお店だった。
店に入ると、剣や槍、ダガーや弓などがずらりと立て掛けられていた。
「へい、らっしゃい! 何をお探しで?」
しばらく、武器を眺めていると奥から、この店の店主らしきおじさんが話しかけてきた。
正直、どれがどれほどいいかアドルフには分からなかった。
こういうことはガルドが詳しいのかもしれない。一緒に連れてくればよかったと後悔しながらも、しどろもどろに店主に話す。
「えぇと剣を……一つ!」
その様子に、新兵を見るかのように店員は笑う。
「お客さん、ラパンの新兵かい? まずは上質な奴から試した方が良いな! この剣はどうだい?」
そう言って、店主は剣を一振り渡してくる。持ってみると、重さはたいして重たくはない。
感触も悪くないが、どこから見ても普通の剣だ。だが正直に言って剣の良し悪しは分からない。
そしてその場で軽く剣を振る。ブンッと風を切る音が店内に響いた。
そして思い出すようにアドルフは何度か剣を振るう。
構えを取っている所作と、その剣先が少しも揺れていないことに店主は気づいた。
「お客さん、こりゃ失礼したね。たぶんだけどお客さんに合う剣は、悪いけどうちには置いてないかもなぁ」
その反応にアドルフは、目を丸くした。
どういうことか全く理解できていないアドルフに対して、申し訳なさそうに店主はアドルフに渡した剣を引き取った。
「お客さん、どこの騎士団員だい?見たところ若いし……、話題になっててもおかしくないのになぁ」
「まぁこの町はラパンからちょい外れてるからな。んーでも、うちのじゃあなぁ……。てなると悔しいが、もうあいつのとこしかないか……」
店主は独り言を呟きながら、店の奥へと戻ったと思ったら、すぐに戻ってきた。
そしてテーブルに一枚の紙を広げた。どうやらこの町の地図を持ってきてくれたようだ。
「お客さん、もしかしたら良い武器が手に入るかもしれないんだけど……」
店主が勝手に話をしようとしたところで、アドルフは話し出した。
「あぁいや、自分はあの剣でも……良いん……」
そこまで言いかけて、店主は迫る勢いで言ってきた。
「いやいや、そりゃ俺のところの剣を使ってもらいてぇがよ。たぶん俺の剣じゃ駄目だ。
別に俺の剣はそこらへんの帝国で出回っている剣より幾分は良いはずだ。だがそれでも"幾分"だ。
俺も昔はラパンの兵士どもに剣を打ってたときもあった」
突然始まる店主の昔話をアドルフは黙って聞くことになった。
「そん時だ!試しに騎士団長向けに剣を打ってくれないかていう話があってな!
俺の名を売るチャンスだと思ってよ? そりゃ丹精込めて作ったさ。もちろん腕の良い剣士の知り合いもいるから、剣士のことはよぉく分かってるつもりだ。
そして最高の一振りを決めるために、騎士団で剣の選考が始まるわけよ。あの時は久しぶりに緊張したなぁ。
だが、職人ってやつは寡黙な奴がかっこいいだろう?だから俺も黙って、こんな険しい顔しながらその選考を見守ってたわけよ!」
そして店主はアドルフに向かって険しい顔を作った。
「今でも、思い出せるね。あん時の騎士団長の剣先は少しも揺れず、甲冑をスパッと切っててな! こんな人間がいるのかって驚いたくらいだ!
もしかしたら、帝国の英雄と呼ばれてる"循壁のヴァルク"も同じことができるかもしれねぇがな! おっと話が少しそれたな。
そんでその選考で俺の剣は最後まで残った……。だが、最終的に俺の剣は選ばれなかった……」
昔の情景を思い出しているのか、そこで店主の顔が少し伏せられた。
「そして今、お前さんを見て思い出したのは、あの騎士団長様の剣技だ。
だから、悔しいが俺は自分の直感を信じて、泣く泣く別の店にお客を譲ろうとしている訳だな」
そこで店主は顔をぐっと上げる。
「あ、ありがとうございます」
もはや空返事のようになってしまったが、店主は満足そうな顔をしている。
どうやらわざわざ別の店を紹介してくれるということは伝わった。
そして事前にエリンから聞いていたもう一つの武具屋が頭に浮かぶ。
(エリンさんから教えられたのはたしか……)
「カエデにあるもう一つの武具屋さんは、ここですよね?」
そう言ってアドルフは、今いるこの武具屋とは反対の通りの一角を指した。
その場所を見て、店主は首を振る。
「いやぁそこは、どちらかと言えば防具専門だな。俺が言ってるのはこっちだ」
そう言って、指したのは山が描写されている場所だった。簡易な地図であるため、本当に山が描かれているだけである。
店主は、カエデの北側の山を指し示しながら話した。
「ちょっと、この地図じゃわかりづらいが、この辺りに一軒だけ家がある。最近は炉から煙が出てるから分かると思うぞ。
見た目は若いが、とんでもない鍛冶師だよ。俺みたいに誰にでも剣を売るような奴じゃない、癖のある鍛冶師――そいつの名前はオルドだ。
恐らく、この世界で一番の鍛冶師だ!」
エリンからも聞かされていないもう一つのお店を聞いたアドルフは、店主にお礼を言い北の山へと向かった。
【あとがき】
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