30 道筋
それは、ガラスの天板を持つテーブルで、木製の脚がそれを支えている。
ガラスの下には、この大陸と思しき地図が広げられていた。
"思しき"と表現したのは、アドルフはこの大陸の全貌を見たことがないからだ。
アドルフも商人として通る道をわざわざ自分で描くほど、地図というのは貴重なものだ。
見たところ、この地図はかなり精巧に描かれているものと分かるのと同時に、少し古いものだと分かった。
古いという観点からみても貴重なモノだと分かるが、大陸の地図というだけでその価値は跳ね上がる。さらに精巧であればあるほど、その価値は上がる。
そしてこの地図はどの条件にも当てはまるほど、高価なモノと言えるだろう。
地図の東側には、背中に羽の生えた騎士の人形が置かれていた。
よく見ると、人形が置かれている場所の地名に"貿易都市ラパン"という表記があった。
恐らく現在位置を示すためのものだろう。
そして地図の中央にはレオフォード帝国、北には魔導国家イレイン、西にノヴァリス教国、そしてやや南に軍事国家ジョルダーノという表記があった。
また南西の極地にも、他の国にも引けを取らない大きさの国が一つあった―――その名はメロカログ王国。
既に滅んでしまった国の名がこの地図には描かれていた。土の七支樹があったとされる国だ。
滅んでから、既に百年以上は経過していると思う。
そのことから、この地図は百年以上前の物だと言えた。
相当な掘り出し物とも言える。
何故バルナバスが所有しているかなど想像もつかない。
そしてそんな思案をしているとダリオンが地図を見ながら話した。
「これからについてだが、まずは第一にリシェル様に言われた通り、エリセア姉上と合流しようと思う……」
それは護衛任務を受けた初日に話してくれた内容だ。
そもそもは追手に追われる形で、ダリオンとヴァルクは帝国から抜け出している。
そして半ば亡命のような形で、このラパンまで逃げてきたのだ。
それもこれもレオフォード帝国の現王の側室の一人であるリシェルが手引きしたことに起因する。
またその時の手紙の内容は、『ラパンに滞在している知り合いの商人を頼ること』と、『エリセアと合流すること』の二つだった。
そして一つ目はまさに、ここにいるバルナバスを頼れという事だ。
そして二つ目の目的でもあるエリセアとの合流の話をするのだろうが、ここでアドルフは思い出しながら口にした。
「でもダリオン、確か王女様の行方は分からないんだよね?」
ダリオンは小さく頷いてからバルナバスを見た。
「だから姉上の事もラパンに着いてから、バルナバスにお願いしていたんだ」
そして視線がバルナバスに集まり、バルナバスは口を開く。
「殿下、その件ですがどうやら一筋縄ではいきませんでした。ですが、僅かな情報だけは掴みました」
そう言ってバルナバスはテーブルの地図に視線を落としながら、報告した。
「エリセア王女の詳細な居場所は結局のところわかりませんでした……。ですが、エリセア王女のことを知るとある商人についての情報を掴めました」
その知らせにダリオンは喜ぶ。
「そうか!よくやってくれた!」
だが、バルナバスは素直に喜べないという表情をしていた。
「いえ殿下、それがですね。その商人についてもある程度の居場所までは突き止めたのですが、これが少し怪しくて、情報としてあまり良いとは思えないのです」
そう言ってバルナバスは地図の南の方を丸く円を描きながら指した。
レオフォード帝国より真南の方角で、その描いた範囲はなかなかに広い。
地図の表記上は何の名前も載っていない。そこは平原、森、川などの描写がされている場所。
ほぼ一国ほどの大きさが探索する範囲なのだろう。
「恐らくここ付近かと思われるのですが、確かなことは分からないのです。
情報が入ってきたのもたまたまでして、私の商会が直に手に入れた情報ではなくて、
知り合いの知り合いの商人が、エリセア王女と縁のある商人について話していたということなのです……。
今朝方、バルナバス商会総出でその商人についての情報を搔き集めて、ようやく名前まではわかりました」
一呼吸おいて、バルナバスはその名を口にした。
「商人の名は――バルミン。背丈や容姿も性別も分かりません。ですが、バルミンという名だけは確かなようです」
その言葉に少し空気が重くなるが、ダリオンはバルナバスを労った。
「なるほどそうだったか……。だが、名前とおおよその居場所は分かったんだ。助かるよバルナバス」
「いえいえ、ですがここまで情報が出てこないとなると、本当にそやつが商人かも怪しいところですが……」
その懸念は尤もである。ダリオンはヴァルクにも意見を聞く。
「ヴァルクはどう思う?」
ダリオンに問われ、ヴァルクは地図を見ながら思案した。
「その商人が実在するかは分かりませんが、ラパンにいることは既にオルヴィン・ナクトルにも知れています」
「ここラパンが永世中立であり、戦や政争を好まない国だとしても、この先どんな手を使ってくるか分かりません。
それであれば、一見何もない南に移動するのは、しばらくの間の隠れ場所としても、私は悪くないと思います」
「バルナバス殿、この付近でバルナバス殿と繋がれる伝手はありますか?」
「それなら南で一番大きな交易町——モラディアがあります。そこにも一店舗、うちの店を出してるので、そこなら連絡もつきます」
どうやらバルナバスの商会はここラパンを拠点としているだけで、大陸中にあるのだろう。
そしてヴァルクは無言でダリオンと頷き合う。
どうやらその町、交易町モラディアを拠点に行動するということらしい。そして最後にアドルフにも聞いてきた。
「アドは何か思う事はあるかい?」
自分が何か意見を言う立場でないことは分かっているが、それでもダリオンはアドルフの意見を求めてくれた。
それなら、できるだけの事をするしかない。
アドルフは改めて地図を見る。
そしてミレイナ、トラヴィスと行商をしていた時の記憶を呼び起こし、アドルフはバルナバスの方を見た。
「バルナバスさん、この地図はとても古いものですよね?」
「あぁそうだよ。メロカログ王国の記載もあるからね、恐らく百二十年前よりさらに古いだろうね」
それにアドルフは頷く。
「昔、行商でこの辺りに行ったことがあります。その時にはたしかこの辺りに小さな村がありました。
もし仮にそのバルミンという方が商人であれば、ここを経由するかもしれません」
アドルフはそう言って、森が描かれている場所を指し示した。それにバルナバスは首を傾げる。
「小さな村か……。たしかにここの付近には、少し古いが街道はあるにはある……、しかしそれはもっと東よりだったはずだ。村があるとしてももっと東なんじゃないか?」
その指摘にアドルフは補足する。
「バルナバスさんが仰っているのはこのカイロス河沿いにある道ですよね?」
そう言って、先ほど指さした地点よりやや東に流れるカイロス河を指さした。ラパンから南に向かって流れる大河である。
「あぁそうだ! この道だよ。だが、そうすると君が確認した村は大分街道から外れているように見えるが?」
それにアドルフは頷いた。
「自分もはっきりとは覚えてないのですが、あの時はトラヴィスさんが道に迷って、偶然にその村に辿り着いたと言ってました。
街道から外れ、小道しかないような村でしたが、そこの人たちはエーテルリムを身に着けてました」
バルナバスは思案した。
「エーテルリムか……。ということは魔石も定期的に充填済みの物を買っていることになる。たしかにそれであれば誰かがその村と取引していてもおかしくないか……。
殿下、ここも一つの候補とするのは悪くないかと思います。またうちからも何人か優秀な者を交易町モラディアに向かわせますので」
「何から何まで助かるよバルナバス。出立の日取りに関してはまた後日にしよう。それじゃあ、あとは……」
そう言いながら、ダリオンは地図の中央にあるレオフォード帝国に目をやった。
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
本作は【毎週水曜日と日曜日の21:00】に定期更新しております。
もし「面白い」「続きが気になる」と思ってくださったら、
ページ下部にある【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】で応援していただけると、毎日の執筆の大きな励みになります!
それでは、次回の更新もどうぞお楽しみに!




