29 試験
ダリオン達が待つバルナバスの事務所は、事務所というより"屋敷"という言葉が適切なように思えた。
「で……でかい…」
思わず声が漏れてしまうほど、まず入口の門の背が高い。
そして屋敷と思った事は何の誇張でもない。
敷地と思われる区画には門と同じ背丈の柵がこの事務所を囲っていた。
ご丁寧に緑豊かな庭まであるのだ。
どちらかといえばというより田舎者であるアドルフにとっては、とても入りづらい空間だった。
その大きな門に立ち尽くしているだけで、周りの人から怪訝な目で見られている気がする。
よく見ると、門の中央にはコンパスの指針の上に小鹿の顔が刻まれたレリーフがあった。
もしかしたらバルナバス商会の紋章なのかもしれない。
半ば不審者のように歩き回っていると、門の奥から一人の人影が近づいてくる。
「アドルフ様、お待ちしておりました」
いつも通りのメイド服を着こんだメイド長のエリンだった。
「あ、エリンさん! ありがとうございます! ちょっと圧倒されてしまって……ハハハ」
顔見知りが居るという安心感と高級感漂う事務所に対し、少し引きつったような笑顔になったアドルフの顔を見て、
ふふっと口元を抑えながらエリンは笑い、中へと案内してくれた。
屋敷に入ってからも、アドルフはその荘厳な内装に圧倒されていた。
どこを取っても隙が無い装飾。
大きな絵画が部屋から部屋へ移る時さえ、客人を飽きさせないためか、何枚も飾られていた。
素人から見ても、とても美しいものだと思えた。
よくよく考えれば、バルナバスは超が付くほどのお金持ちのはずなのだ。
貴族たちにも顔が利き、ましてやこの貿易都市ラパンで成功している商人でもある。
アドルフ達の寝床が別になっても構わないほどの宿場を持っておきながら、専属のメイドを配置できるほどの経済力を持っている。
そんな人の屋敷が小さい訳がない。つい屋敷と呼びたくなるが、ここは事務所だ。
(実はとんでもない人と関わっているのかも……)
その言葉は、ダリオンがレオフォード帝国の王子であり、ヴァルクがその帝国の英雄であるということを完全に忘れている発言だった。
そんな間抜けな感想をアドルフは抱きながら、エリンがある部屋の前で止まった。
「バルナバス様、アドルフ様を連れてきました」
その声に反応するように中からバルナバスの声が聞こえる。
「おう、エリンか! 入っていいぞ」
促されて部屋に入ると、そこはかなり広めの部屋だった。
先ほどの廊下にあった絵画などはなく、代わりに兜や剣などが装飾として飾られていた。
また大きなテーブルが中央に置かれ、そのテーブルを囲うようにバルナバス、ダリオン、そしてヴァルクの三人がいた。
「アド!」
開口一番に声を掛けてくれたのは、ダリオンだった。
「トラヴィスさんの容態はどうだい?」
「今のところは落ち着いてるよ。自分が行ったときにはまだ目が覚めてなかったけど、順調に良くなっていると思う!」
それにダリオンは大きく頷く。
「そうか、それは良かった」
そしてアドルフも報告しないといけないことがある。
「ダリオン!ご・・・護衛の話なんだけど……受けると決めたよ」
その返事にダリオンはアドルフの両肩を掴んで喜んだ。
「本当か! あぁ良かったよ。これからもよろしく頼む!」
ダリオンとアドルフが握手を交わし、そこにヴァルクも来た。
「ヴァルクさん……」
「アドルフ、引き受けてくれたこと感謝する。これで一つ不安の種が消えた……」
「不安の種……?」
「まぁこれから話すことになるが……その前にまずは自分の目で確かめなきゃならないな」
そう言って、ヴァルクは部屋に飾ってある剣を二本引き抜いた。
装飾品かと思われたそれは真剣であった。
「バルナバス殿、これを使って構わないか?」
少しため息をしながらバルナバスは了承した。
「ヴァルク殿、一応その剣は装飾なのですが……まぁ私も見たいと思ってましたから、問題ないですよ。ですが、あまりこの部屋を壊さないでくださいね……」
「すまんな。あまり屋外で誰かに見られても困るからな」
そして装飾として飾られていた剣をアドルフに渡した。
「アドルフ、これは簡単な試験みたいなものだ。受けてくれるか?」
なんとなく察しはつく。要するに実力を示せということなのだ。
ダリオンの護衛として務まるのかを……。
「はい!」
アドルフは剣を受け取って構えた。
その手が震えていないことが、アドルフという青年に変化があったということがヴァルクにも分かった。
「アドルフ、俺の剣を受け止めろ」
そしてヴァルクが剣を構えると、部屋の空気が重くなった。
戦士特有の殺気なのかもしれない。それは装飾品として飾られていた剣とは思えないほどの迫力へと変貌している。
その空気の変化は、戦士でもないバルナバスの背筋を凍らせた。
それは人間の持つ生存本能が刺激されたのかもしれない。
だからこそ大丈夫だと分かっていても、バルナバスは壁の方へ少し後ずさった。
ダリオンは後ずさりこそしなかったが、額に少し嫌な汗が浮かんでいる。
扉前に立っているエリンも、給仕用に持っている皿をぎゅっと抱きかかえた。
その殺気を正面から受けている者だけは、真っすぐにヴァルクを見ていた。
それは、その剣から放たれる斬撃を一切見逃さないためだ。
だが、そんな当たり前の事が出来るようになるのは、この殺気を受け止められるようになった後の話だ。
そしてこの場でアドルフだけが、ヴァルクの殺気を受け止めていた。
そして次の瞬間、なんの掛け声もなくヴァルクが剣を振るった。
その瞬間、激しい金属音が屋敷に響き、剣と剣の衝突で窓のカーテンが揺れた。
あまりの速さに、何が起こったのか分からない。
ただ、アドルフがヴァルクの剣を受け止めたことだけは全員が理解した。
そしてヴァルクは満足げに構えを解いた。
「やはり相当な剣士だったのだな。アドルフ……改めて殿下をよろしく頼む」
「はい!」
そしてアドルフはヴァルクとも固い握手を交わした。
その光景に遅れて、エリンとバルナバスが反応した。
「バルナバス様からは聞いておりましたが、アドルフ様がこれほどの剣士だったとは……」
ベッドでご飯を口に運んであげた時とは、可愛い雛鳥のように思えていたが、剣を構えていた時のアドルフはまるで別人のように思えた。
エリンの中で、"可愛い雛鳥"という認識から、"強くて可愛い雛鳥"という認識へと勝手に変わった。
そしてバルナバスは、少し興奮していた。
「いや、私も殿下から『ヴァルク殿にも引けを取らないかもしれない』と言われたときは、
正直疑っていたからね。まさかあのヴァルク殿の剣を受け止めるとは……!」
そして見守っていたダリオンがヴァルクに声を掛けた。
「ヴァルク、これで問題なさそうか?」
その言葉にヴァルクは振り返る。
「はい、これなら問題ないかと」
ダリオンは短く頷く。
「アド、突然で申し訳なかったが、ヴァルクとしてはアドの腕を確かめたかったんだ。
あの時の戦いを見ていたのは私だけだからね……まぁ半分意識はなかったけど」
そしてダリオンは改めて現状について話し出した。
「それじゃあ、一旦これからについてまとめよう」
そう言うと、ダリオンは視線を中央のテーブルに移した。
【あとがき】
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