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28 決めたこと

 ガルドに稽古を付けてもらった翌日。

貿易都市ラパンは、どこか曇り空のような空模様だった。


 けれど、そんなことは関係ない。覚悟は決まったのだ。

アドルフは今日、久しぶりにミレイナと一緒に昼食を食べていた。


 (覚悟は決まったけど……。)


 どこで話そうか迷っているアドルフの姿は明らかにソワソワしていた。

 

 そんなアドルフを見て、ミレイナが聞いてくる。

 

「アド、どうかしたの?何かあったの?」


 ミレイナは食事の手を止め、心配そうに覗き込んだ。

ミレイナとしては、昨日の過去の記憶が戻ったという話から、

自分に話してくれた後に何か良くない事も思い出したのではと心配していた。

 

 そしてアドルフは、何か意を決したように

目の前にあるパンを口へと掻きこみ、牛乳で胃の奥へと流し込んだ。


 少し勢いよく食べ過ぎてむせてしまったが、少し緊張も和らいだ。

 

「母さん、昨日の話なんだけど……」

 

「昨日の話……?記憶のこと?」

 

「いや、それもそうなんだけど……。ダリオンの護衛のことなんだけど……」


 アドルフは、一呼吸おいて話し出した。

 

「やっぱり引き受けようと思うんだ!だ、だから、そ、その……!」


 少し早口になり、もたついているアドルフの手をミレイナは優しく握った。

そしてどこか安堵したようにミレイナは確認してきた。

 

「そうなのね。アドが自分で決めたのよね……?」


 その言葉にアドルフは大きく頷いた。

そしてミレイナは何か詰まっていたモノを吐き出すように短く息をした。

 

「なら私からは、言うことはない」


 案外あっけなく賛成してくれたミレイナに思わず聞き直してしまう。

 

「いいの母さん?」


 ミレイナも大きく頷いた。

 

「えぇ。でも……必ず帰ってくるのよ? 分かった?」


「はい……!」


 いろいろ準備をしなくてはならないと思ったが、まずはダリオン達に伝えなくてはならない。

そんな時にダリオンからの遣いとして、バルナバスのメイドであるエリンがやってきた。

 

「アドルフ様、本日の午後にダリオン様よりお話があるとのことです。午後にこちらの場所まで来ていただけますか?」


 エリンから指定されたその場所は、どうやらバルナバスが使っている事務所ということだった。

アドルフとしてはタイミングが良い。

 

「エリンさん! ありがとうございます。行かせていただきます」


 エリンは綺麗に一礼し、

 

「承知致しました。ダリオン様とバルナバス様には私から伝えておきます。では、失礼致します」


 その所作は美しく、礼儀作法が叩き込まれているのが分かった。

思わず、普段は礼儀作法に疎いミレイナも襟を正す程だった。

 

 時間はあっという間に過ぎていき、時刻は正午を指そうとしていた。

アドルフは、ダリオン達が待つバルナバスの事務所へと向かう。

 

 そして改めて、この貿易都市ラパンという町の人の多さに面食らった。

慣れてないこともないが、それにしても人が多い。

 

 それは帝国付近で商売していた時にも味わわなかった人の量。

人、人、人――見渡す限り人で溢れ、商人たちの声がさらに活気を煽っていた。

 

 そんな雰囲気に当てられ、少し休憩しようと思ったところで噴水がある広場に出た。

噴水を囲むようにベンチがいくつか並べて置いてある。その一つにアドルフは腰かけた。


 噴水の近くには台座というより、小さなステージのようなものもある。

恐らく、大道芸人などが使うための小さなステージも兼ねているのだろう。

 

 そして今しがた通ってきた通りを見る。

人の群れで、自分が歩いてきた道が見えないほど、人で埋め尽くされていた。


 その光景に思わずため息がでる。


 (そりゃ疲れるよね……)


 そう思いながら、その視線は歩いてきた通りより少し上に行った。

アドルフの目に映るのは巨大な建造物――魔晄炉。

 

 どの通りに入ろうと必ず目に映るモノであり、あの建物があるからこそ、この国も大きく発展しているのだ。

その無骨な円柱の中に七支樹は存在しているという。

 

 今日はあいにくの曇り空ではあるが、その巨大な建造物でも、さすがに雲には届いていないと分かる。

 

 アドルフ自身、七支樹を見たことはない。本当にあの魔晄炉の中に七支樹があるのか分からないのだ。

いや、これはアドルフに限ったことではなく、恐らくここにいる人たちも、七支樹を見たことが無いだろう。


 政府の要人や王族、また一部の要職に就いている人しか、その存在を拝むことはできないと言われている。

ミレイナもトラヴィスも、ガルドもリナスも見たことが無いと言っていた。

 

 もしかしたら、王族であるダリオンであれば見たことがあるかもしれない。

 

(あとで聞いてみようかな……)


 そんなことを考えていると、噴水前にあるステージに、少し汚れた黒茶のローブを着た男が上がった。

広場の中心で、その男は声を張り上げた。

 

「魔晄炉は神の建物などではない! あれは悪魔の塔だ! あの悪魔の塔は我々の命を吸い上げ、魂を腐らせるのだ!」


 その声は通りに響いたが、群衆の反応はどこか冷ややかだった。

ざわめきが広がる。誰かが小声で「また始まったよ」と呟き、別の者は子どもの手を引いて後ずさる。


 一部の若者が興味を持ったように耳を傾けるが、年配の者は眉をひそめ、足を止めることなく通り過ぎていく。

 

 男はなおも叫ぶ。


「目を覚ませ! なぜこんなにも貧富の格差があるのかわかるか! 全てはあの悪魔の塔があるからだ!」


「さぁ今一度、魔晄炉から神の御業である七支樹を解き放つのだ!」


 群衆の冷めた視線を気にすることなく、男は続けた。

 

「我らは、反魔晄団体である! この悪魔が支配する世界を解き放つ為に活動している! さぁ我らとともに世界を救うのだ!!」


 突然始まった演説に、アドルフは面食らった。

アドルフの座ったベンチは比較的、そのステージから近い。


 なんとなく居座りたくなくなり、ベンチから立ち上がって、事務所の方へと歩くことにした。

 

「ラパンには、こういう人もいるのかな……?」


 独り言のように呟くと、見知らぬ男がアドルフに話しかけてきた。

 

「困るよねぇ。また始まっちまったよ……。兄ちゃんはよそ者かい?」


 気軽に話しかけてくるその男性は、エプロンをしていた。

ところどころに白い粉がエプロンについている。パン屋を営んでいるのかもしれない。

 

「はい、つい最近ラパンに来たばかりでして…。ラパンでは、ああいう人もいるんですね……」


 その言葉に男は手を振りながら答えた。

 

「いやいや、普段はあんな奴いないよ! でも、ここ最近やたらと騒いでるからよ。

 俺たち、ここらの商人は皆困ってるよ! なんせあんな大きな声で物騒な事叫んでるから、客足が遠のいて仕方ねぇ!」


 確かにアドルフも正直、距離を置こうと思っていた。

 

「取り締まったりしないんですかね?」


 そして大きくため息をついて、その男は続けた。

 

「それがさぁ……。何度か捕まってるんだよ! でもその度に別の人が立ってああやって叫んでいるんだ。取り締まる側も呆れて今は放置してるのかもなぁ」


 (何度か……)


ということは、この反魔晄団体という団体は、意外に人数がいるのかもしれない。

 

「まぁ兄ちゃんも気を付けな。変な勧誘に捕まるなよ!」


 そう言って、男は自分の店に戻っていった。

 

 まだ何かを叫んでいるところに、ラパンの衛兵らしき人が二人やってきて、その男の脇を抑えた。

どうやら連行するつもりらしい。


 だが、まだ暴れながらその男は半ば何かに半狂乱になりながら叫んだ。

 

「哀れな者達よ! あの悪魔の塔にすがり続ければ、いつか必ず"魔王"が現れるぞ!」


 その言葉に群衆の誰かが野次る。

 

「"魔王"だって? 絵本の世界じゃあるまいし!」


 その言葉に数人が笑い馬鹿にする。衛兵の一人もつられて笑っていた。

 

 だが、衛兵のもう一人が「いいから仕事をするぞ」と叱り、その男は連行されていった。

 

 男が連行されると騒ぎは収まり、瞬く間に人で溢れ、いつもと変わらない噴水広場に戻っていった。

 

 魔王……。


 戻ってきた記憶の中に、絵本として登場したくらいの記憶だ。

それこそエルフという悪者と一緒に登場していた気もする。


 (もしそんなのが実在するなら、それこそ英雄譚のようなファンタジーの世界だ……)

 

 アドルフはダリオン達の待つ、バルナバスの事務所へと再び歩き始めた。

【あとがき】

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

本作は【毎週水曜日と日曜日の21:00】に定期更新しております。


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それでは、次回の更新もどうぞお楽しみに!

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