27 これから
ダリオンから、改めてお礼を言われた。
「まずは重ねて礼を言わせてほしい。ここまで護衛してくれたこと感謝する」
そして大きな包みを渡された。
その包みの重さが、当分働かなくても良いと分かるほどだ。
その重さに、リナスはボソッと聞こえないくらいの声で呟いた。
「こんなにもらっちゃっていいのかしら……」
だが、どうやらその声はヴァルクには聞こえていたらしい。
「問題ない。むしろこちらとしては足らないくらいだ」
聞こえていたと分かり、少し恥ずかしくなりながらもリナスは返事する。
「それじゃあ遠慮なく頂くわね。まぁ当分は休みたいしね……」
そう言って、リナスは自分の右腕を摩った。
既に包帯は取れているが、まだ違和感が残っているかもしれない。
そしてダリオンに代わって、ヴァルクが本題を話し出した。
「ここからが本題だ。“これから”について話そう」
そしてヴァルクが一呼吸置いて話す。
「まずトラヴィス殿のことだが、今はバルナバス殿が雇った医師の元で治療中だ。現状も引き続き治療は必要だろうが、今のところは問題ないと聞いている」
ミレイナを含め、ガルドとリナスも深く息を吐き、安堵の色を浮かべた。
「だがここだけの治療じゃ足りないとも聞いている。だからこそ、俺が手に入れたエーテルリムを使おうと思っている」
ガルドはそれに目を細める。
(俺をあの致命傷から治した……エーテルリム。)
「あのエーテルリムには光の魔法――治癒の魔法が登録されている。
けど、一つ懸念があって、今はバルナバス殿に頼んで調べてもらっている。もうじき結果も出るはずだ……」
そしてヴァルクは続けた。
「そしてこんな危険な目に遭わせておいて、頼むのも心苦しいが、引き続き我らに協力してくれないか?」
その言葉にダリオンも続ける。
「私からも頼みたい。こうやってラパンには辿り着けたが、これからも他の国に移動しなくてはいけないし、その為に使える情報はいくらあってもいい」
「だからこそ、トラヴィス殿とミレイナ殿は療養を兼ねて、ラパンに残ってもらえると助かる」
「そしてラパンで集まる情報を私に報せてほしいのだ。もちろんバルナバスにも協力してもらうが、協力者は多いに越したことはない。
こちらからもトラヴィス殿の復帰には力を貸すつもりだ」
その言葉にミレイナは黙って頷いた。
「どの道、この依頼の後はラパンで過ごそうとトラヴィスと話してたんだ。私は構わないよ」
ミレイナは最後に、ダリオンにゆっくりと頭を下げた。
「……殿下、旦那のこと、お願いします」
その言葉にダリオンは力強く頷き、ガルドとリナスを見る。
「そして、引き続きトラヴィス夫妻の護衛として、二人を私が直接雇う形にしたい」
その言葉にリナスは一瞬キョトンとしたが、
引き続き仕事ができるのはありがたいし、ミレイナ達とまた仕事ができるのであれば、自分としてはこれ以上ない話だ。
「はい、有難くお受けいたします」
そしてガルドも賛同する。
「あぁ俺も構わないぜ」
そしてダリオンは躊躇いながら最後の提案を持ちかけた。
「そして、これはまだ本人の意思も確認できてないし、断られてもいいとも思っている……」
そう前置きをした上でダリオンは口にした。
「アドを――私の護衛として連れていきたい」
その言葉が、場の空気を一瞬で張り詰めさせた。
ダリオンが言葉を続けようとしたその時、リナスが小さく息を呑んだ。
「……ちょっと待って。なんでアドなの?」
声は強くなかったが、どこか不安が滲んでいた。
リナスにとって、アドルフは当然ラパンに残ると思っていた。
ラパンに辿り着くのでさえ危険な旅路だった。
そんな危険な場所に向かわせたくはない。その視線には、驚きと戸惑いが混じっていた。
ダリオンは一瞬言葉を選びながら、静かに続けた。
「理由は二つある。一つは──あの刺客を退けた実力だ。あれは並の剣士にはできない。
そしてもう一つ……これは私の推察に過ぎないが──アドの記憶が、戻ったのではないかと思っている」
重い沈黙が場を包んだ。そして俯きながらリナスの声が響く。
「記憶が戻ったって……だからこそ危険じゃないの? そんな状態で護衛なんて!!」
声は強かったが、震えが混じっていた。彼女にとってアドルフは弟のような存在だ。
だからこそ、送り出すことが怖かった。離れるのはもっと怖い。
ミレイナの瞳の奥には複雑な感情が揺れていた。
それはアドルフを拾ってから、ずっと気にかけていたことだ。
だからこそ、いざ記憶が戻ったと聞かされるとどうすればいいのか分からなくなった。
そして絞り出すようにミレイナは声を出した。
「……まずはアドの話を聞きます……。そして本人も望むなら……」
その言葉は静かだったが、守りたい気持ちと、息子の選択を奪いたくない気持ち。その狭間で揺れているのが分かる。
ガルドは腕を組み、しばらく黙っていた。視線は床に落ちているが、何かを計るように深く考えている。
「……俺も姐さんに賛成だ。だが、結論を急ぐ必要はない。まずはアドが目を覚ましてからだ」
その時、ガルドはアドルフがどんな選択をしても良いと思っていた。
その選択がアドルフの決めた選択であればと。
だが、今日のあいつの顔を見た時に察したのだ。それはただの勘だ。
だが、きっとこの勘は正しい。勘違いではない。
その"選択"は、アドルフが取るべきものではない。アドルフの本心ではない。そう思えたのだ。
だからこそ―――。
月明かりが差し込むボロボロの平屋でガルドは木剣を握りなおした。
ミレイナとトラヴィスを置いていく――その選択が、アドルフにとってどれほど重いかも分かっている。
だからこそ、伝えなくてはならない。
そして今度はアドルフにも聞こえるように話しかける。
「アド! 聞いたぞ! ダリオン殿下とヴァルクの旦那が、お前を連れていきたんだってな!
「俺はそれに反対でも賛成でもない! だが、見届けるのは俺の役目だ!」
ガルドは剣を構えた。
「もし迷っているならやめとけ! そんなに甘い世界じゃない…!」
ガルドが急激に距離を詰めてくる。そしてアドルフの喉をめがけて、剣先が迫ってきた。
「ッ!」
目はちゃんと捉えることができている。だが何故か身体が動かなかった。
油断もあったのかもしれない。だけどそんなことは本来の実戦であれば、ただの言い訳に過ぎない。
アドルフはガルドの木剣を寸でのところで受け止めるが、後方へ飛ばされ瓦礫に直撃した。
アドルフが瓦礫から這い出てくると、ガルドは剣を構えたまま、静かに言った。
「アド……お前、迷ってるな」
その声は、いつもの軽口とは違っていた。
「俺はな……昔、迷ったまま剣を振って、大事なもんを守れなかったことがある。
だから分かるんだよ。迷ってる奴の剣は、重くて鈍い」
それが、身体が動かない理由なのだ。
いや、「かもしれない」じゃない。ガルドの言っている通りなのだ。
それが図星で、余計に心を抉ってくるのだ。
アドルフは黙って剣を何度も握りなおす。だが、心と体はまだ一緒になってくれない。
そのアドルフの目を見たガルドは剣を握りなおす。
「選ぶってのは、怖えことだ。でもな、選ばなきゃ、誰かが代わりに選ぶことになるぞアド?
その時、お前は絶対に後悔する。『あの時、俺が……。』ってな」
ガルドが一歩踏み込む。その剣には、迷いも容赦も――なかった。
「ここで決めろ! お前が進む道を! 俺に勝って証明しろ……アドルフ!」
アドルフの心が揺れる。それはとても短い間に迫られる選択。
だが、これもまた自分から選び取らなければならないことが痛いほど分かる。
そしてもう迷っている暇はないのだ。ガルドの剣は容赦なく迫ってくる。
その剣は木剣なのに、真剣のように鋭かった。
(俺は……知りたい!)
そして剣を構え直す―――心が静まり、視界が冴え渡り、空気の流れが、肌を打った。
アドルフの剣が唸る。
ガルドの剣を弾き、踏み込み、胸元へ一撃――。木剣がガルドの胸に当たる。
その瞬間、ガルドは剣を下ろし、静かに笑った。
「……やっと、決めた顔になったな」
アドルフは深く息を吸い、ガルドを真っすぐ見つめた。
「ガルド……俺行くよ。ダリオンの護衛として」
「だから……父さんと母さんを頼みます!」
アドルフはガルドに向かって深々と頭を下げた。
ガルドは木剣をそれに答えるようにアドルフの右肩へと置いた。
「あぁ任された」
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
本作は【毎週水曜日と日曜日の21:00】に定期更新しております。
もし「面白い」「続きが気になる」と思ってくださったら、
ページ下部にある【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】で応援していただけると、毎日の執筆の大きな励みになります!
それでは、次回の更新もどうぞお楽しみに!




