26 親として
話を聞き終えたミレイナは複雑な気持ちだった。
分かっていたことではあるし、当たり前のことだ。
アドルフの本当の母親や本当の父親の話が出てくるのは当然で、
話に出てくるアドルフの父と母は、アドルフに似てとても優しい人だと分かる。
だからこそ、今の母であるミレイナにとって、どういう気持ちでいればいいのか正直分からなくなる時があった。
別に話を聞いたから、これまでの関係性が変わる訳ではない。
むしろ何も変わらないのも頭では分かっている。これまで通りアドルフはわたしたちの家族で、私の息子なのだから。
それでも嫉妬にも似たような感情を少しでも抱いてしまった自分が恥ずかしかった。
そしてアドルフに関するだいたいの謎が解けた。
ドロミンという女性が、アドルフを育て上げたことも分かった。
異常なまでの魔物への知識を有しているのは彼女から教わったものであることも。
そして恐らく最後は、その姉のように慕っていたと思われるドロミンによって、村が消されたのだと推察できてしまう。
それは思い出したくない記憶の一部。
それでもアドルフは彼女の事を悪く言うような素振りを見せていなかった。
アドルフとしてもそう信じたいのかもしれない。それは本人にしか分からない。
また剣を握れなかったのは、やはり彼女との日々がそうさせていたのかもしれない。
だが、結局のところ最後に何が起きたのかをアドルフは思い出せなかった。
なぜ?
どうして?
謎は尽きない。
手がかりがあるとすれば、あのアドルフを拾った村のみ……。
だからこそ、ミレイナは思うのだ。本当はダリオン達と旅立たせた方がいいのではないかと。
ダリオンは今後も各国を回るという話だ。
旅のついでに多くを見聞きできれば、
ドロミンという女性についても手掛かりが増えるかもしれない。けど、危険もあるかもしれない。
むしろ危険な事の方が大きいかもしれない。
けれど、この子を縛り付ける理由にはならない。
そして何より、自分らがあの子の足を引っ張ってはいけない。
それだけは絶対にしたくない……。
(トラヴィス……あなたもそうよね?)
ミレイナはベッドに腰かけながら、未だ目覚めないトラヴィスの髪を触りながら窓を見つめた。
アドルフは、ミレイナに自分の記憶を話した後、別室へと案内された。
既に夜も更けており、あとは寝るだけだ。
だがどうにも寝付けなかった。
ミレイナに話していくうちに、より明確に思い出されたのだ。
自分の本当の母親の顔や父親の顔を。
でも、それが自分の中では少し違和感にも感じる。
それはどこかミレイナ達に拾われてからの時間の方が長く感じているのかもしれない。
拾ってくれたのが“母さん”達で良かったと心の底から思える。
だが、同時に自分にとってとても大きい存在についても思い出してしまった。
この気持ちは記憶を思い出してから、強くなっていくのが分かる。
何故だかは分からない。けれど、いつか必ず会わなくてはいけない気がする。
そして思い出される。
『いつか……私を――。』
あの時、自分に何を伝えたのか。とても重要な事なのに思い出せない。
けれど、とても寂しそうな表情をしていたことだけは分かる。
だからこそ探さなくてはならない。逢いにいかなければならない。
けれど、今は駄目だ。今だけは――。
(家族のそばにいないと………)
そんなことを考えていれば、眠れるはずもなかった。
「散歩でもしようかな……」
ポツリと呟いて、アドルフは外に出た。暗い夜道だ。
月は雲に隠れており、せっかくの散歩も気が静まらなかった。
そしてまた考えこんでいると、後ろからガタイのいい男が背中を叩いてきた。
「何考え込んでんだ、アド!」
こんな時間に声を掛けられると思っていなかったが、声の正体はこんな暗闇でも即座に分かった。
「痛いよガルド!」
「あぁわりぃわりぃ……。ところでアド、こんな時間に散歩か?」
「ちょっと眠れなかっただけだよ…。ガルドこそなんで…?」
ガハハと笑いながらガルドは訳を話した。
「いやな、夕方に呑んで寝ちまったからな。こんな時間に目覚めちまったわけよ」
どうやらあの食事会の後にも酒場に行ったのかもしれない。
いつもはアドルフが、そういったときにはガルドとリナスを介抱する羽目になっている。
「あんま飲み過ぎるなよ?」
「今は醒めてるから大丈夫!……そういえばアド! 剣を握れるようになったって聞いたぞ? それなら俺が稽古をつけてやる!」
アドルフはしばらく考えるが、断ることに決めた。
いろんな事で頭はいっぱいいっぱいなのだ。アドルフはそんな気分にはなれなかった。
「今はいいよ……」
そう言うが、ガルドは聞かない。
「まぁまぁそう遠慮するな!」
そう言って無理やりアドルフをひょいと持ち上げる。
「ガルド!だから今はいいって!」
アドルフの抵抗も虚しく、ガルドに無理やり連行されることとなった。
到着したのは既に使われていない平屋。室内もボロボロで、天井と屋根の境目はない。
先ほどまで雲に隠れていた月が顔を出し、月光が荒れ果てた室内を白く染めていた。
「ここはよ、俺たちが運び出された後に、ヴァルクの旦那が鍛錬用に使っていた場所なんだとよ。
旦那も結構な手負いだってのに、やっぱり強い奴は鍛錬を怠らないってことだな……」
よく見ると、何体かの人を模した訓練用の木人の防具がとんでもない凹み方をしているのが見えた。
訓練用とはいえ、鉄製の甲冑もある。錆びているとはいえ、あのような変形はしないだろう。
その様だけでも、ヴァルクがここで鍛錬をしたというのは事実だろう。
ガルドは既に何枚かの板が外れている棚から木剣を二本引き抜く。
そして、アドルフへ一本投げてきた。アドルフはそれを咄嗟に受け取る。
アドルフの手から剣は落ちない――震えてもなかった……。
「本当に握れるようになったんだな……」
その声はガルド本人にしか聞こえないほどの呟きだった。
ガルドは、ふと数日前のダリオンとヴァルクからの話を思い出していた。
貿易都市ラパンに到着し、アドルフがまだ目覚めていない時に、その話はされた。
その場に居合わせたのは、ミレイナ、リナス、ガルドの三人。
ダリオンからの話とは、"これから"についての話だった。
【あとがき】
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