24 教え子
ドロミンはその日、アドルフの様子がおかしいことに気づいた。
いつもなら、新しい分野や知らない知識を教える際には、目を輝かせて待っている。
それは先生という立場になったドロミンからは可愛くて仕方ないし、とても教え甲斐があることだ。
けれど、今日のアドルフはどこか不安?そうに見えたのだ。
「先生! 少し、父さんの手伝いだけしてきます。その後いつもの場所に向かいますので!」
その言葉と共に、先に家を出ていった。
(なぜだろう……?)
こんな事は初めてだった。
そんな考え事をしていた時、一階から声が聞こえる。
「ミンちゃーん! ご飯運ぶの手伝ってくれる?」
声の主はアドルフの母であるリアナ・マーク。
一階から大きな声でドロミンを呼んでいる。
いつからか、私のことを"ミンちゃん"という愛称で呼んでくれている。
ドロミンとしてもそんな風に呼ばれたことがなかったからこそ、その愛称は気に入っていた。
「はーい! いまいきます!」
「ごめんね。やっぱり、ミンちゃんが居ると助かるわ!」
そう言って食事の手伝いを一緒にする。
リアナはとても気さくな人で、とてもおっとりした性格だ。
ドロミンの事も客人というより、一人の家族として受け入れてくれているように感じる。
それはドロミンにとっても、嬉しくもあり、同じ女性という事もあってとても話しやすい存在だ。
もう随分と長く滞在している。
こんなにも一つの場所に留まるというのは、ドロミンの人生の中でも数えるほどしかない。
それほどに自分にとって、この場所が居心地が良いのだ。
だからこそ本来の“目的”も、ここにいると忘れられる。
なんなら忘れてしまっても良いとさえ思えてくる。
何より、アドルフとの訓練をしている時は何もかもを忘れていられる。
それほどに充実していた。だからこそ、あんな不安そうな顔をしているのを見ると気になってしまうのだ。
そしてドロミンが手伝いをしている中、思い切ってリアナに聞いてみることにした。
「アドのことで、少し聞きたいんですけど……」
お玉を持ちながら、リアナは振り返った。
「アドのことでどうしたの?」
そして、ドロミンは自分の思っている事を口にした。
訓練の事。今日から"魔法"について教えようと思っている事。
アドルフが不安そうにしていた事。
そこまで聞くとリアナは、昔を思い出すように話した。
「ミンちゃん、それはね―――」
その話はドロミンがこの村に来る二年程前の話。
初めてアドルフにエーテルリムを嵌めて、魔法を使わせようと思ったのだが、アドルフは使えなかったらしい。
それも火や水など関係なく使えなかったという。
(魔法が使えない……)
それはドロミンにとっても、かなり珍しいことだった。
だが、別に特別なことでもない。自分もそういった子を数回見たことがある。
けれど、数年後には急に使えるようになったという話ばかりだった。
それならば、自分が教えればもしかしたら魔法を使えるようになるかもしれない。
そしてドロミンはいつもの場所へと足を運んだ。
ここは少し開けた森の中。
いつもこの場所でアドルフに剣や魔物について教えている。
魔物はそもそも個体数が少ないため、遭遇する機会がない。
わざわざ探しに行かないと見つけられないほどだ。
そのため、魔物に関しての知識は座学に留まる。
なので自ずと実戦経験は積みづらい。だが、それでもアドルフの呑み込みは早かった。
足跡のおおよその形から、急所、特性、習性。使ってくる魔法など。
ドロミンが知っている、覚えている知識を余すことなく教えている。
呑み込みが早いと思ったのは、最初に行ったフィールドワークのときだ。
この村を経由してくれる数少ない商人が、魔物の目撃証言を聞いたという話だった。
そこからアドルフに勉強の一環として、魔物の特定を行うため一緒に捜索したのだ。
その時にアドルフは見事、魔物の場所を突き止めた。
なんなら見つける前に、恐らくこういった魔物だという予測まで立てていた。
(あの頃は、まだ小さくて手を繋いで一緒に歩いてたのに……)
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。
「先生、もう来てたんですね……」
そこには背が伸びて、自分と同じくらいの身長に届きそうな赤い髪を持った青年が立っていた。
いつもより少しだけ元気が見えないような気がした。
昨日、ドロミンから次の訓練は”魔法”だと知って、アドルフは気落ちしていた。
自分が魔法を扱えないことはドロミンには伝えてなかった。
伝えるタイミングを見失っていたのかもしれないけれど、結果として伝えなかったのだ。
それは、憧れの人に失望されたくないという思い。だからこそ言えなかったのかもしれない。
けれど、それ以上に憧れの人に嘘はつきたくなかった。
伝えられるのであれば、早い方が良い。そう思ってアドルフはドロミンに意を決して話した。
「先生、今日は魔法についてですよね?」
自分で話そうと決めたものの、少し顔が引きつってしまっている気がする。
「うん、そうだよ」
ドロミンはいつものように答える。
けれど、どこかドロミンも不安そうにしているのにアドルフは気づかなかった。
その言葉を吐き出すまで、心臓が耳元で鳴っているように感じた。
「あの……先生」
アドルフは唇を噛み、言葉を絞り出した。
「俺、魔法が……使えないんです。どんなにやっても、全然……」
そこからは言葉に詰まってしまったが、そこからはドロミンが続けてくれる。
「うん、分かったから……大丈夫。アド、先生に任せなさい!」
そう言ってドロミンはこう付け加えた。
「私も何人か見たことがあるんだ。魔法が使えない子をね……。
けど、みんな何かをきっかけに最終的には使えるようになったと聞いている」
そして安心させるように、優しくドロミンはアドルフに話しかけた。
「だから大丈夫! 私に任せてくれ!」
アドルフは少しの不安も抱えながらゆっくりと頷いた。
そしてドロミンは自前のエーテルリムをアドルフの腕へと嵌め込む。
またそのエーテルリムの中央には、赤色の魔石が嵌め込まれていた。
火の魔石――それはアドルフが最初に使おうとした魔法だ。
「アド、まずは見てて」
そう言って、ドロミンは昨日と同じように手のひらを前に出し、目をそっと閉じた。
そして一度ぎゅっと拳を握ったと思ったら、その手をゆっくりと開いていった。
そこには小さな火の玉が、ボっと音を立てて現れた。
その火は次第に大きくなり、手のひらから、人の顔くらいのサイズに膨れあがる。
落ちてきた枯れ葉がそこで燃え尽きる。目の前にいるアドルフもその熱を感じるほどだ。
そしてよく見るとドロミンの腕には、腕輪らしきものが見当たらない。
つまりエーテルリムや魔石がなくても魔法が使えるのだ。
いつも気にはなっていたが、改めて見ると不思議だった。
なんでそのことを問わなかったのかと言われれば、"魔法"という話題を無意識に避けていたのかもしれない。
だが、今日は違う。どんな結果になっても今なら受け入れられそうだと思えたからだ。
だからこそ、アドルフは聞いてみた。
「先生はなんで魔道具なしで、魔法が扱えるんですか?」
その問いに、ドロミンは広げていた手をそっと閉じ、火の玉を掻き消した。
「それはね。エルフと同じで、私の体には魔力が宿っているからね」
「……エルフ?」
どこかで聞いたような言葉に、アドルフは必死に昔の記憶を呼び戻そうとしていた。
【あとがき】
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