23 先生
その日を境に少年は歯を食いしばって訓練に臨んだ。
訓練は別に剣だけではなかった。魔物の特性や特徴、弱点や習性に至るまで事細かく教わった。
基本的に獣や鳥に似た魔物の急所は、普通の獣と変わらずに喉を狙うこと。
そして高位の魔物は魔法を扱ってくること。要するにあのルナプスという白い狼は高位な魔物だったということになる。
そしてそういった魔物は知性を持ち、品格を保つ習性があるとのことだった。
知性は何となくだけど分かる。けれど品格を保つというのはどういうことなのか最初は分からなかった。
けれど、あの日見た魔物はたしかに堂々としていた気がする。
本来、獣であれば生きるために狩りをする。
だからこそ、なるべくその姿を晒さずに標的を仕留めるのが流儀と呼べるだろう。
しかしあのルナプスという魔物は、ドロミンが前に出ると、自らも姿を晒してから戦っていた。
つまりはそういうことなのかもしれない。生物としては非合理に思える行動。
だからこそ、先生はそれを“品格”と呼んだのかもしれない。
そんな魔物についての雑学や剣を何か月も教わった。
ドロミンも気づけば、村が気に入ったのか長期滞在となっていた。
村人も魔物を狩ってくれるドロミンを慕い、受け入れていった。
母もすっかりドロミンという名前から“ミンちゃん”と呼ぶようになっていた。
そして今日も剣の稽古が始まった。今日は足場の悪い環境での特訓だということで、
ドロミンが魔法で大量の水溜りをいくつも作っていた。少しでも動けばぬかるみに足を取られる。
だが、ドロミンには関係ないのか、いつも通り目にも留まらぬ速さの剣が襲いかかる。
そしていつもなら次の瞬間には、気を失ってしまう。
だが、今日は違った。
(ッ!)
初めて剣を捉えることができた。だが、目では捉えられたが、身体が追いつかなかった。
「うッッツ!」
声にならない声を出し、今日も少年は気を失う。
しばらくして意識が戻り始める。暖かくて柔らかい感触がまた眠気を誘いそうになった。
大きな切り株の上に座りながら、ドロミンが膝枕してくれていた。
ちょっぴり恥ずかしい気もするけど、凄く暖かい気持ちになるから何も言わないようにしている。
これのせいで厳しいのか優しいのか分からなくなる。
そしてドロミンが気づく。
「お! ようやく起きたね。……またやりすぎちゃったかな」
先ほどの剣撃で、おでこが腫れている気がする。
ちょっと手でなぞると、案の定少しだけポコッと腫れていた。
「すいません、また気絶しちゃいました…」
おでこを擦っていると、ドロミンが手をかざす。
「あらら、これでも加減してるつもりなんだけどね……?」
あれが加減しているというのが、誇張でないことは少年も薄々分かってきていた。
ドロミンは本当に加減しているのだ。だが、強すぎて最大限の加減をしてあの強さということなのだ。
(やっぱり先生はすごい…!)
そんなことを考えているとドロミンが腫れたおでこに優しく手を当てる。
そして淡い光が少年を一瞬包み込んだ。
ドロミンがアドルフに顔を近づけて確認する。
(やっぱり、おかしい……)
アドルフの腫れたおでこは、僅かに治るものの完全に治療されてはいなかった。
その様子にドロミンは少し首を傾げていた。
だが、少年は気にする素振りもなく仰向けのまま、今日の成果を口にした。
「今日は、少しだけ先生の剣が見えた気がします……」
その言葉に先ほどの疑問は頭から掻き消え、
ドロミンは花が開いたように笑顔になった。
「本当に!? それは凄いことだよ! こんなに早く剣を見れるようになったのは君で二人目だ!」
「前も先生は先生をしてたの?」
子供特有の言い回しであったが、ドロミンはその一人目について少し話してくれた。
「そうよ。その子はね、君よりも大きい子だったかな? もう随分と前の話になるけどね……」
ドロミンは水溜りに映る自分を見つめながら話す。
「出会った当時はその子は見習いでね。けれど最初からとても強かったの……。その子は、私と会う前から魔物とも戦っていたからね」
「そんなにすごい人もいるんだね!」
ドロミンはゆっくりと考えながら頷いた。
「その子は、私に剣を教えてほしいと頼んできて、そこから更に強くなったの。それこそ周囲に英雄様なんて呼ばれていたわ!」
「英雄……!」
アドルフはその言葉に目を輝かせた。そして同時に疑問が浮かぶ。
「でも、そしたら英雄の先生だから、えっと……先生も英雄なの?」
「はは、私が英雄? それはどうだろうね。半分正解で半分不正解かな? 他にも私の教え子たちは、みんな英雄と呼ばれていたね……」
ドロミンは懐かしむように、そしてどこか寂しそうな顔をした。
そんな表情を見てアドルフは心配そうに尋ねる。
「先生はその人たちに会えなくて寂しいの?」
それにドロミンは首を振る。
「いや、いつでも思い出せるから寂しくないよ……」
「それに今はアドがいるから大丈夫! でも、アドが逃げ出したら、先生は寂しくなっちゃうけどね」
ドロミンは冗談のようにそう言った。
「僕は先生との訓練楽しいよ! ちょっぴり気絶しちゃうけど……」
そう言って、アドルフは少し肩を落とした。
その言葉にドロミンは少し顔を引きつらせる。
「あはは……。ごめんねアド」
(もうちょっと加減できないとなぁ……アドのお母さんにまた心配させちゃうな)
そしてその日を境に、ドロミンの剣を見られるようになった。
最初は脳が反応し、次第に手が、そして足が動くようになった。
見えるというだけで、身体が少しずつ応えてくれるようになった。
だからといって、最初のうちは剣を受け止められるわけではなかった。
それでも続けた。何日も何日も――何日も何日も――。
そして剣が見えるようになってからもうどれくらいの日が経ったのか分からなくなっていた。
けれど、その瞬間は唐突に訪れた。
いつもなら小さな悲鳴が聞こえる森に、響いたのは木と木がぶつかり合う音。
そしてその音は回数を増やしていく。そして遂には小さな悲鳴は森に響かなくなった。
「腕をあげたねアド。これならいけそうだ……」
ドロミンはとても嬉しそうに木刀を構えながら、自分と同じくらいの身長になった教え子に言った。
「先生のおかげです」
そう言いながら内心はとても嬉しい。でもその気持ちを押し殺して目の前の事に集中する。
少しでも集中を欠けば、夢を見るか、綺麗に澄んだ空を見ることになる。
そして集中する。まるで感情を捨てたかのように、アドルフの瞳は揺れない。
それはどこまでも澄んだ瞳をしており、真っ直ぐに相手を捉え、目を離さない。
いつからこうなったのか自分でも分からない。
でもこうなると見えるのだ。
そしてドロミンの長い黒髪が僅かに揺れた瞬間、斬撃が来た。
それは単純な横薙ぎである。だが、その速さは帝国中を探しても見つけられないだろう。
そしてそれを受け止められる人間も限られる。
再度、森に激しい音が響いた。
さっきよりも大きな音だったのか、少し遠くで鳥たちが危機を感じて飛び立った。
それが合図と言わんばかりに、ドロミンは剣を納めた。
「よし! これでおしまい! 明日からは別の事を教えるよ!」
要するに剣については一旦一段落ということらしい。
まだまだ足らない気もするが、先生が言うのであればそうなのだろう。
「先生、次は何を教えてくれるんですか?」
「次はね……」
そしてドロミンは手のひらを前に出して、目を閉じた。
次の瞬間、彼女の手のひらの上に小さな火が灯った。
「魔法について……」
その言葉にアドルフの胸はざわついた。
【あとがき】
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