19 新しいもの
地下室の扉が勢い良く開き、恰幅の良い男性が入ってきた。
少し急いだのか、額には汗が見える。
「殿下! ヴァルク殿! 申し訳ございません。遅れました!」
慌てて入ってきたバルナバスをダリオンが労う。
「構わないよバルナバス。それにこちらに謝る必要はない。遅れたのは私から頼んだ依頼のせいだろう?」
ハンカチで額の汗を拭きとりながら、バルナバスは話し出す。
「はい、その件なのですが…。あっ皆さんもお揃いでしたか。それはちょうど良かったです」
アドルフがダリオンに尋ねる。
「ダリオン、依頼って?」
「あぁ、それが光の魔石のことで、バルナバスに少しお願いしていたんだ」
その言葉から、エリンに受けた話を思い出す。
(たしかエリンさんの話だと、今はその魔石に魔力が溜まるのを待っているという話だったはず……)
けれどアドルフは少し疑問に思う事もあった。
充填を完了させるということは、より多くの魔力を魔石が持つということだ。
そして充填が完了した魔石というのは、大抵複数回使用できる魔力量になる。
(もしかしたら、より安全に治すために充填が完了するまで待っているのかな?)
そんな疑問が浮かびながらも、ダリオンの話は続いた。
「皆の知っての通り、トラヴィス殿の治療に使うため、魔石は充填中だ。そしてもうすぐ充填が完了しそうなんだ」
その言葉にガルドとリナス、そしてミレイナとアドルフの顔に、安堵の色が広がった。
そして間を空けて、ダリオンは話す。
「そして既に一人分を治療する魔力はすでに充填されているはずだ……」
「けど一つだけ問題があってね……」
その言葉に緊張が走る。
そしてその続きはバルナバスが引き継いだ。
「その問題というのが、エーテルリムの出所なんです……」
この場にいるほとんどは、その”出所”という意味がよく分からなかった。
そんな空気の中、ピンがあるものをバルナバスに渡しにくる。
「バルナバス様! はい、こちらになります!」
ピンは小さな長方形の箱をバルナバスに渡した。
「気が利くねピン。ありがとう」
バルナバスはその箱を開けて中身を取り出した。
そこには装飾された腕輪。”エーテルリム”が入っていた。
一見どこにでもあるエーテルリムにしか見えない。
多少形が変わったりするものの素人から見れば、大差は特に感じられなかった。
そしてバルナバスは話を続けた。
「実はこのエーテルリムなんですが、鑑定士に出したところ……」
「『ノヴァリス教国のものではない』ということと、『新しい』という鑑定結果が出たのです」
未だに全容を掴めないでいるところに、ダリオンが補足する。
「今日の常識だと、まずエーテルリムには固有の魔法が登録されている。それは皆のエーテルリムも同じだと思う」
「そして登録されている魔法に合う魔石を嵌め込むことで、固有の魔法を行使できる」
「火の魔法が登録されているエーテルリムには火の魔石、水の魔法が登録されているエーテルリムには水の魔石とね。……けど、これは」
そう言って、ダリオンは自分のエーテルリムから火の魔石を取り出し、
バルナバスが持っているエーテルリムに火の魔石を嵌めた。
そしてダリオンがナイフを取り出す。
アドルフ達は何が始まるのか、予想もつかなかったが、何かを察したヴァルクが口をはさむ。
「殿下、ここは私が」
「すまない、ヴァルク」
ヴァルクが徐にナイフを受け取り、次の瞬間――自分の手のひらを切った。
血が手のひらから垂れる。
「ヴァルクさん!」
その行動に驚いたアドルフだったが、すぐにヴァルクが制止させる。
「問題ない、表面を少し切っただけだ」
そして、ダリオンがエーテルリムに魔力を込めるため集中した。
エーテルリムに嵌め込まれた火の魔石が淡く光り始め、ヴァルクの手のひらを柔らかな光が一瞬包み込む。
そしてそこには、傷が塞がったヴァルクの手があった。
「嘘でしょ?」
その光景にリナスも驚きを隠せなかった。
「あんときも、こんな感じで治っちまったのか……」
ガルドがボソッと呟いた。
そして今、目の前で起きた事象がどれだけ特別なことか、この場にいる全員が理解した。
ダリオンは話を続ける。
「このエーテルリムは魔石の種類に関係なく、登録されている魔法を扱える」
「しかも、もっとも価値が高いとされている光の魔法をだ……」
「更にこれは、少なくともノヴァリス教国のものではないと分かっている」
「……そしてもっと厄介なのは――。これを持っていたのが、ジョルダーノ側の人間だったということだ……」
――軍事国家ジョルダーノ。
帝国より南西に位置する国である。
軍事国家という名の通り、戦争国家だ。
ヴァルクが経緯を話す。
「このエーテルリム自体は、先ほどの戦闘で敵の物資に紛れていたものだ。
だからこそ、必ずしもジョルダーノのモノとは考えにくい」
「そして襲撃してきたあいつらは、ラパン方面からどこかに向かう途中だったと見ていい」
つまり、この特別なエーテルリムは、最初から軍事国家ジョルダーノが持っていたものか、
このラパンから運び出されたものかの二つの可能性があるということだった。
そしてダリオンは、続ける。
「正直に言えば、これを帝国の王子が持っているという事実が余計に話をこじらせてしまう可能性がある……」
「いかなる理由であれ、ジョルダーノが絡んでいるのは間違いない。
だからこそ、少し使用に慎重になっていたんだ」
「そしてバルナバスが助けてくれたあの晩に、どれだけの人間が自分達を目撃したのか分からない……」
「仮にあの晩、負傷しているトラヴィス殿を見た人が居たとして、数日後に完全に治療された姿を見た人はこう思うだろう」
「“不死の石”が使われたんじゃないかってね……」
なぜ治療できるのにしないのか――ようやく、すべてが繋がった。
「噂話でも広がってしまえば、必ず聖枝教団は動く。そうなれば、間違いなくトラヴィス殿は疑われ、最悪酷い尋問も考えられる……」
「そこまでするかと疑いたくなるかもしれないが、そうならないとは言い切れない」
「だからこそ、バルナバスにはこのエーテルリム自体の鑑定と、
トラヴィス殿が長期滞在できる場所を用意できないかをお願いしていたんだ」
それにバルナバスは頷き、ダリオンに伝える。
「滞在先ですが、ラパンの北西にある小さな町へ、トラヴィス様を移す予定です」
「そうかそちらも手配できたか!感謝するよバルナバス!」
そしてトラヴィスの治療のタイミングについて、
バルナバスとミレイナが打ち合わせを行い、明後日に町への移動と治療を同時に行うことに決まった。
そしてそんな中、ヴァルクとダリオンが改めてアドルフに声をかけた。
打ち合わせに耳を傾けながらも、ミレイナの意識は自然とそちらへ向いていた。
【あとがき】
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