17 目覚め
アドルフの目が開く。そこは見知らぬ天井だった。
(どこだ……?)
あの森の中ではないということだけは分かる。
ゆっくりと体を起こすが、そこは見知らぬ部屋だった。
窓から暖かい日差しが部屋に差し込んでいる。
そして身体全体に包帯が巻かれているのに気づく。誰かが看病してくれたことがそれだけで分かる。
(どれだけ寝ていたのだろう……。みんなは……?)
ベッドから立ち上がろうとした時に、右腕と両足が痛みで痺れた。
「いてッ!」
それは過労による筋肉痛のような痛みだった。
決して動かせなくないが、深く呼吸するだけでも少し痛みが走る。
(あの時かな……)
アドルフはシェルカとの戦闘を思い出す。死線とは、まさにあれのことだ。
正直、なぜあんなにも体を動かせたのかよく分からない。
だけど、確実に体が思い出したのだ。
本来の動きを。
それは今まで失っていた記憶の一つ。
だが、まだ全部を思い出したとは思えない。
それでも最も思い出さなきゃいけないことを思い出したのは確かだった。
「けど、今はそれが優先じゃない……」
そんな状態でベッドに腰かけていると、目の前のドアを誰かが開けた。
そこには、メイド服を着た女性が居た。
起き上がったアドルフの姿を見ると、どこかへ走っていく。
しばらくすると、身なりの良い男性が顔を覗かせにきた。
少し恰幅が良い身体をしており、ふくよかな男だ。
「おぉ! ようやく目覚めたか! これで殿下も安心して下さるだろう!!」
興奮気味にアドルフが起き上がった事実を確認し、
慌てて襟を正して、今度は礼儀深く挨拶してきた。
「これは失礼した。私の名前はバルナバス・グレイン」
「この貿易都市ラパンで商人をしているものだ……。そして殿下の協力者でもある」
そしてアドルフも挨拶し、最も気になっていることを口にした。
「アドルフです。そのバルナバスさん……。みんなは無事ですか?」
少しの緊張が走るが、バルナバスは頷き、すぐに答えてくれた。
「あぁ、殿下とヴァルク殿。そしてカーウェル夫妻に、護衛の二人含めて、全員今はうちで保護させてもらってるよ」
「ちょっと経営している宿屋の都合上、意識が戻らなかった君だけは、皆とは少し離れた場所で休んでもらっていたんだ」
「良かった……。本当に良かった……」
その言葉を聞くまでは、暗い想像も過ぎったが、アドルフはその事実に心底安堵した。
そしてバルナバスは続ける。
「もう少し休んでもらってて大丈夫だが、一応今晩は君を含めて夕食を取れるように手配するから、そのつもりで頼むよ」
「はい、ありがとうございます!」
「いやいや、これくらい殿下を救って下さったことと比べれば、大したことはないよ……」
「夕飯までは時間があるから、それまでしっかりと休んでおいてくれ」
そう言って、バルナバスはメイドにいくつか指示を出して部屋を去っていった。
そしてバルナバスと交代するように、メイドが部屋に入ってくる。
「アドルフ様、お食事でございます」
そう言って、メイドは温かいスープとパンを持って来てくれる。
「あ、ありがとうございます」
そしてスプーンに手を伸ばし、食事を摂ろうとするが、右腕が上手く上がらない。
情けない話である。
アドルフはちょっと恥ずかしそうに、スプーンを置く。
「あはは……後でゆっくり食べますね」
そんな食事もろくに取れない姿を晒しているとメイドが駆け寄ってくる。
「アドルフ様、お任せください」
そう言って、メイドはアドルフのベッドに腰かけ、スプーンで掬って食べさせてくれる。
少し恥ずかしい気もしたが、体は栄養を求めていた。
「すいません……ありがとうございます。……はむッ」
長い間寝ていたせいか、一つ一つの食材の栄養が体に染みるようだった。
「美味しいです!」
満面の笑顔で答えるアドルフに、
メイドも微笑みながら丁寧にパンもちぎって、アドルフの口へと運ぶ。
その光景はまるで餌を待つ雛鳥のようだった。
(なんだか小さい頃の弟にご飯食べさせてるみたい……。なんだか可愛らしい人…。)
そんな風に思われているとはつゆ知らず、
アドルフは次々にスープとパンを口へと運んでもらい、あっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした!えーっと?」
そのメイドは立ち上がり、スカートの裾を両手でつまみ、優雅に持ち上げて一礼した。
その仕草は、上流階級への対応もできるほどの気品を持ち合わせていた。
「申し遅れました。私は、バルナバス様に仕えております。エリンと申します。以後お見知りおきを」
その挨拶に、礼節とは無縁で育ったアドルフも、少し緊張しながらなんとか返した。
「ア、アドルフです……!」
エリンは上流階級から一目置かれている売れっ子でもある。
エリンを引き抜きたい貴族が、このラパンに山ほどいることをアドルフはもちろん知らない。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。アドルフ様たちはバルナバス様の大事な客人ですので」
挨拶を終え、アドルフはみんなの現状についてエリンに聞いた。
まずアドルフは、五日間ほど眠っていたらしい。
脈も異常なくすぐに目覚めるだろうと思っていたが、
思いのほか時間が掛かったためにこの宿まで運びこまれたとのことだった。
そしてどうやら、あの戦闘後にアドルフとダリオン含め、
全員を救助したのはラパンの貴族兵だったとのこと。
森に打ち上がった強力な火の魔法の調査として、すぐに部隊が派遣され、
そしてタイミング良く、アドルフ達を救助できたとのこと。
身柄については、バルナバスが一目散に駆け付け保証人として対応した。
またトラヴィスは、未だに重体で、今も専属の医師を付けて治療中だということだが、
ヴァルクが持っていた光の魔石の充填がまもなく終わるので、
秘密裏にその魔石を使用して治療することが決まったらしい。
アドルフはなぜ、秘密裏に使用しなきゃいけないのか理由が分からなかった。
そこで、光の魔石の取り扱いについてエリンから詳しく説明された。
わざわざ秘密にして使用するには、それなりの理由があるのだ。
――光の魔石。
大陸の西に位置するノヴァリス教国で流通している魔石のことだ。かなりの高値で取引されているらしい。
更に流通も限られ、一つでもその魔石を使用できるエーテルリムを持っているだけで、貴族界隈でも一目置かれるほどだ。
だが、それほどに効果がある。
効果は至ってシンプルなものだ。“治癒” たったそれだけ。
だが、その効果は絶大で大抵の負傷を完治できる。また大病も治してしまうという代物だ。
ある国の王様が大病を患い、もう虫の息と囁かれた頃、
建国祭にケロッと顔を出し国中を凱旋したのは有名な話だそうだ。
そんな前置きをしてエリンはこう続けた。
「そして一部では、その魔石をこう呼びます」
「"不死の魔石"……と」
「不死……」
「つまりどんな病気や怪我も治癒できてしまうのです。その効果は絶大です」
そんな魔石が世界中にあれば、病気や怪我と戦わなくて良い。まさに理想郷のような世界になるとアドルフは思った。
(だが、ノヴァリス教国は実質的にその魔石の流通を控えている……)
アドルフが考え込むと、エリンが代弁してくれる。
「アドルフ様が想像している通りです」
「意図的に制限することで、この魔石は莫大な資金と権力を持つことになります」
まさに金の成る木――いや、“金の成る石”とも言えるだろう。
そして富とは権力にもなる。
「そしてそれらを全て管理しているのがノヴァリス教国の宗教団体である聖枝教団という組織です」
「光の魔石は本来、聖枝教団員あるいは、一部の大貴族しか持たない代物なのです」
「それくらい流通には厳格で、監視もされております」
エリンは俯きながら話を続ける。
「だからこそ、ノヴァリス教国は、光の魔石を不正利用されては困るのです。
例え誰かの命が助かろうと関係ありません……」
そしてエリンは窓際に立ち、ある建物を指さした。その建物は大層立派な教会だった。
「そしてその監視を聖枝教団の教会支部が担っております。
もし見つかれば、聖枝教団の専属部隊が送り込まれるという話もございます」
だからこそ、秘密裏に使用するという話なのだ。
そしてそんな事情も承知の上で、トラヴィスに使うという判断に至ったのだ。
そこはダリオンとヴァルクが決定したとのことだった。それは国際問題に発展しかねない事態でもある。
それでもダリオン達は、そのリスクを受け入れたうえで使用してくれるのだという。
一通り話を終えたエリンはまだ夕方まで時間があるので、
まだゆっくり休むようにアドルフに伝え、部屋を後にした。
アドルフもみんなが無事であることが分かり、安心してベッドに身を預けた。
瞼は自然と重くなり、ゆっくり目を閉じていく。
【あとがき】
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