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16 赤髪の剣士

「アド……こいつは危険だ。お前だけでも逃げろ!」


 ダリオンの声が、森に響く。

その言葉が終わるよりも早く、シェルカの姿が揺らぎ、次の瞬間にはダリオンの脇腹に赤い線が走っていた。

 

「邪魔しないでね。王子様」

 

「っ……!」


 ダリオンが膝をつく。致命傷ではない。だが、確実に戦闘不能にする一撃だった。

アドルフの目が見開かれる。

 

「ダリオン!」


 剣に手を伸ばす。今までよりも強く。だが、指先が震える。

それでも柄を強く握った。

 

 頭の奥が軋むように痛み、記憶の靄が広がる。

 

 ――白く美しい獣。

 ――いくもの切り株がある開けた森の中。

 ――自分の目の前に黒髪の誰かがこちらに手を伸ばす。

 

 その顔には靄がかかっていて、どうしても思い出せない。

 

「……っ、ああ……!」


 アドルフは頭を抑え、膝をついた。それでも剣からは手を離さない。

この瞬間だけは離してはいけない。だがその分だけ、頭には強い痛みが走り続けた。

 

 シェルカは楽しげに笑う。

 

「まだ足りないのね? ふふ……そういえばさっき、向こうに誰かいたわね?」


 アドルフは片手で頭を抑えながら、それでも剣を握りつづける。

 

「あの人たちを殺ったら……あなたは、本気になってくれるのかしら?」

 

 その言葉に、アドルフの中で何かが弾けた。

 

 ミレイナの優しい声。リナスの笑顔。トラヴィスの背中。

そして、アドルフの脳裏に次々と記憶が呼び起こされる。たくさんの声が頭に響く。

 

 初めて拾ってくれた時のミレイナの顔が浮かぶ。


 『アド! 大丈夫かい……?』

 

 『はい……母さん、行ってきます』

 

 リナスの横顔が見える。


 『私はロマンチストなのよ?』

 

 『リナス、父さんと母さんをよろしくね……』

 

 憧れた人たちの言葉が聞こえる。


 『アドは剣士だったのかもしれねぇな』


 『その時、お前がどうするか――それだけだ』

 

 そして古い記憶の中で、長く綺麗な黒髪の女性が自分に手を伸ばす。

その顔にはもう靄はなく、その吸い込まれそうになる金色の瞳が自分を見つめていた。

 

 『アド、いつか……私を――』

 

 気づけば手の震えが止まっていた。

涙が頬を伝い、そしてずっと思い出せなかった人の名前を呟く。

 

「ドロミン……」


  シェルカがダリオンに短剣を突きつける。


「でも……まずは――王子様から、ね?」

 

 喉元に短剣が刺さる瞬間、目の前で項垂れていた青年の姿は掻き消え、

その瞬間、シェルカの瞳に剣先が閃く。

 

 金属同士が激しくぶつかり合い、森に響いた。

シェルカがその剣を受け止め、これ以上ない程、恍惚な表情を浮かべる。

 

「あぁやっと出会えた……私の運命の人」

 

 既にダリオンを手放し、シェルカは一度距離を取って赤髪の青年を見た。

そこには先ほどの震えていた青年はどこにもいなかった。


 強い眼差しと、一寸もぶれない剣筋がシェルカを捉えていた。

 

 それは刹那の出来事、目の前の青年がまたも視界から掻き消える。

次の瞬間、シェルカの首元に剣が来ていた。

 

 寸でのところで受け止めるが、受け止めきれずその衝撃で後方へ飛ばされる。

 

 気づいた時には、シェルカの肩から血が流れていた。

いつ斬られていたのかも分からない。剣はしっかりと受け止めたはずである。

 

 そんな自分の血を、嬉しそうに眺め、舌を這わせて舐めとった。

 

「あぁこんなにも愛せる人は久しぶり……!」


 今度はシェルカから仕掛け、前へ飛ぶ。アドルフの首元へ短剣を突き刺すが躱される。

そこから落ち葉のように、分かりづらい軌道を描きながら連撃がアドルフを襲った。

 

 それはまるで、死を纏った舞踏。

 

 しかし全てを受け止められる。それどころか短剣の速さに追いついてくる。

その間も楽しむかのように、シェルカは攻撃を止めない。

 

 殺し合いを、少しでも長く――それが彼女の望みだった。

 

「もっと続いて。もっと続いて。もっと愛させて!」


 それは歓喜にも似た執着。

彼女にとって、殺し合いは愛そのもの。

 

 そんな彼女の”歪んだ愛”をアドルフは受け続ける。

けたたましい金属音が鳴り響き、お互いに切り傷が増えていく。


 それは、わずかに血が滲む程度の傷。だが、ほんの数寸深ければ――命を奪う一撃となる。

 

 だが、まるで感情を捨てたかのように、アドルフの瞳は揺れなかった。

それはどこまでも冷静で、澄んだ瞳をしており、真っ直ぐにシェルカを捉え、目を離さない。


 その視線にシェルカはさらに高揚した。


 だが、そんな戦闘も新たに登場した人物によって終了の時間を告げられる。

 

「おい、シェルカ。もう時間だ」


 気づけば、シェルカの後ろに黒装束の男が立っていた。

一切そちらに顔を向けず、殺意を剥き出しのまま、シェルカは返答した。

 

「ザイラン、今いいところなの……。邪魔しないでくれるかしら……殺すわよ?」


 その本気の殺意にザイランはため息をつく。

 

「お前が、殺しに時間を掛けるのはいつものことだ。……だが、今回はそうはいかない。ここは引くぞ」


 そう言って、ザイランは顎でアドルフの後方を指した。

その方向には、いくつもの松明を灯した集団がこちらに向かってきているのが分かる。

 

「ラパンの魔装兵どもだ。奴らと交戦すれば、ナクトル様に迷惑がかかる。王子は仕留めたかったが、あっちと交戦するほうがリスクだ」

 

 そしてシェルカは深いため息を吐き、短剣を納めた。

 

「はぁ……。なんか醒めちゃったわ。せっかくいい所だったのに、本当に残念だわ……。

 それじゃあそういうことだから、あなたのこと、覚えたからねア・ド・ル・フ」


 熱い視線をアドルフに送りながら、シェルカとザイランは暗い森に消えていった。

 

 消える最中、ザイランはシェルカと交戦して、まだ生き残っている赤髪の青年に目を向けた。

 

 (赤髪……。リストの情報には特筆する経歴はなかったはずだ……)

 

 「シェルカ。あの赤髪は何者だ……」


 その返答にシェルカは頬を染めながら答える。

 

「私の運命の人よ……。言わせないでよ!」


 その返答にザイランは、主君への報告をどうするか、本日三度目のため息とともに考え込んだ。

 

 

 「行ったのか……?」


 しばらく、森を見つめていたアドルフがダリオンのもとへ駆ける。

ダリオンはたしかに斬られていたが、まだ息はしている。だが、危険な状態には変わりない。

 

 しかし先ほどまで何の違和感もなかったが、急激な痛みと疲労が一気にアドルフを襲った。

 

 (まずい、意識が……)

 

 意識が遠のく中で、誰かが近寄ってくるのが分かる。

暗闇の中でぼんやりとした松明の明かりがアドルフ達を照らす。

 

「たい……!こ……人が……す!」


 誰かが目の前で叫んでいる。声は届いているのに、身体はもう動かなかった。

そこでアドルフの意識は途切れた。

【あとがき】

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

本作は【毎週水曜日と日曜日の21:00】に定期更新しております。


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