15 出会い
ヴァルクは夜の森を駆けていた。
向かっている場所は、先ほど爆発があった場所だ。
月明かりだけが、彼の進む道をかすかに照らしている。
(あと少しのはずだ……。)
ただでさえ、常人では重たい剣を背負いながらの移動だ。
さすがのヴァルクも疲労が蓄積されつつある。
その時だった。前方の木々の間から、黒い影が音もなく現れた。
「お前がヴァルクか」
低く、冷たい声。
ヴァルクは足を止め、剣の柄に手をかけた。
こんな暗い森の中で、こちらに気づくのだ。只者ではない。
(どこの刺客だ……?)
そして月明かりに浮かび上がる黒装束をした男は静かに構えを取る。
「……王子は、シェルカが担当になりそうだな」
ヴァルクは剣を抜いた。その動きに迷いはない。
だが、疲労は確実に蓄積している。しかしそんなことは関係ないのだ。
こいつの今の言葉からして、もう一人が殿下の元へ向かっていることが確定したのだから。
(見たことが無い兵装だ……。軍の者ではない……?)
両腕にガントレットを装備しているのみ。他に目立った箇所で言えば、そのガントレットには小さな盾が付けられていた。
要するに近接格闘を主軸にした戦闘スタイルなのだろう。
次の瞬間、二人の間に火花が散った。先に仕掛けてきたのはザイラン。
予想した通り、そのガントレットで殴ってきた。即座に蹴りで後方に飛ばされる。
一撃一撃が重い。無駄がなく一手一手で確実に削ってくる動きだ。
(そしてなにより厄介なのは……。)
鋭い斬撃も、受け止めてしまうあの小さな盾だ。ヴァルクの大剣を受け止められるほどの盾。
しかもその衝撃に耐えられている本体がさらに厄介だった。
先ほど戦ったナガヨシより、幾分か身体の大きさは小さいにもかかわらず、しっかりと斬撃を受け止めている。
それも、躱せる斬撃は的確に躱し、受け止められると判断された攻撃は、しっかりと態勢を取って受けている。
冷静沈着な性格が、戦い方に滲み出ている。
(……守りが異常に堅い。)
ヴァルクはそれでも攻撃を止めなかったが、ザイランの堅牢な防御に阻まれる。
時間が惜しいときに限って、それは厄介な相手だった。そして疲労はさらに蓄積し、自分の予想以上に身体にきていた。
それは無理もないことだ。ナガヨシとの戦闘を終えて、休まずにここまで走ってきているのだ。
既にそれだけで、常人の域を一段も二段も優に超えていると言えるだろう。
だが、万全であったとしてもこの目の前の男を崩すには時間がかかると直感で分かる。
それだけザイランの守りは堅く、且つ一撃一撃が拳と思えないほどに重い。
時間が経つにつれ、ヴァルクの呼吸が荒くなる。
そしてその瞬間をこの男が見逃すはずがない。ザイランは一切の無駄なく、着実にヴァルクを削っていく。
そして、ついに――
「……っ!」
ヴァルクの脇腹に、ザイランのガントレットが深く食い込んだ。
血が飛び散り、ヴァルクの体が一瞬だけ浮く。
だが、それで戦闘が終わったわけではない。すぐに体勢を立て直す。
ヴァルクも数ではなく、質で勝負するようになる。
一撃一撃に集中し、ガードの上からでもダメージが行くように重たい一撃を一つ一つザイランに浴びせた。
だが、同時にザイランの手数が増えるということでもある。
そこからはザイランのまさに猛攻だ。拳と蹴りが剣の間を縫って飛んでくる。
最後の連打をなんとか受け切り、一旦距離を取る。
ザイランも思いの外時間が掛かっていることに苛立ちを感じていた。
ヴァルクを殺すにはまだ一歩足りないとザイランも理解していた。
そしてヴァルクにとって予想外の動きに出る。
「ふぅ……熱くなってしまった」
「やはり老いても帝国の英雄か……。だが、お前に構っている暇は俺にもない。
今はナクトル様の命が最優先だ。別にお前は後回しでいいからな」
それはいつでも殺せるという趣旨の発言でもあった。
だが、別に大言壮語でもなんでもなく、いくら疲労があるとはいえ、ヴァルクはザイランにまともな一撃を与えられていない。
そしてザイランはヴァルクに背を向け、森の奥へと消えていこうとする。
追撃しようと踏み込むが、想定以上のダメージで膝が崩れた。
ヴァルクは膝をつきながら、剣を杖のようにして立ち上がる。
「殿下のもとへ向かわねば……」
火球で合図を送ったダリオンとアドルフは、真っ暗な森に潜んでいた。
そしてこちらに向かってくる人影を確認する。
「ダリオン、誰か来る……!」
「ヴァルクか……?」
アドルフが月明かりの中に現れたその姿を見た。
森の奥から、ひらりと舞うように現れたのは、月に照らされた雪のような白銀の髪に、紫水晶のような瞳を持った美しい女性だ。
全身を黒装束で包んでいるが、ところどころ肌を露出させている。
「ふふっ、やっぱりいた。王子様と……あら、あなたは?」
シェルカの視線がダリオンに向けられる。その目が、まるで獲物を探す猛獣のように細められる。
その視線にダリオンの本能が最大限の警鐘を鳴らす。全身に鳥肌が立ち、少し身震いしてしまう。
「残念。ヴァルクはいないみたいね……。でも……」
お目当てのヴァルクと戦えないと分かり、不満そうな顔をしていたシェルカだったが、
王子の隣にいる赤髪の青年を見ると不思議そうな顔になった。
「あらあなた、面白いわね?」
アドルフは剣に手をかけようとするが、指先が震えて動かない。
アドルフの震える指先を見て、シェルカは楽しげに笑った。
次の瞬間、目の前からその女が消える。
「ねえ、あなた……なんで震えてるのかしら?」
耳元で囁かれた瞬間、アドルフの身体が反射的に跳ねた。
気づけば、左手に細い切り傷。血が滲み、シェルカの短剣がそれを誇示するように赤く染まっていた。
「可愛い顔して、そんなに手が震えてるのに……。どうして怖がってないの?」
その声は、甘く、狂気を孕んでいた。
この女は、戦いの最中でも饒舌だ――それが、余裕の現れなのか。
アドルフは冷静に会話する。それが自分にできる最大限の役割だからだ。
「あなたは何者ですか?」
「私はシェルカよ? 女性から名乗らせるなんて、意外と優しくないのかしら?」
わざとらしく口元に手を当てながら、アドルフを見つめる。
「アドルフです……。あなたもダリオンが目的ですか?」
「えぇまぁそんなとこだけど、今はあなたと相手をしたい気分なの。ねぇ早くその剣を抜いてくださらない……?」
アドルフには理解できなかった。
目の前にいるこの女はいつでも自分とダリオンを殺せる技量を持っているのに、今もなお、自分が剣を構えるのを待っている。
「なんで自分をすぐに殺さないんですか?」
それを聞かれたシェルカは顔をほのかに赤らめながら言う。
「あなたなら私と長く居てくれそうな気がするのよ? 女の勘ね♪」
告白された気分になるはずもなかった。
そんなアドルフを置いて、シェルカは不穏な話を続ける。
「なのに、あなたは全然本気になってくれない……。どうやったら私に夢中になってくれるのかしら?」
そしてシェルカは思いつく。
目の前の赤髪の青年が自分に釘付けになってくれることを想像して、
口元を抑えながら、獲物を前にした悪戯好きの猛獣のような笑みを浮かべた。
【あとがき】
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