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13 提案

 追手を振り切ったアドルフたちは、

ボロボロになった荷馬車を止め、少し距離を置いて身を潜めていた。


 馬も先ほどの酷使で疲れ切っており、すでに荷を引ける状態ではない。

暗くなった森の中、彼らは息を潜めていた。


 トラヴィスの止血はうまくいったが、荒治療の影響で熱が出ている。

額にはいくつもの汗が浮かび、それをミレイナが丁寧に拭き取っていた。


 リナスも戦闘に集中していて気づかなかったが、

ところどころに出血が見られた。かすり傷ではあるものの、感染症になれば厄介だ。


 アドルフが丁寧に血を拭き取り、布を巻いていく。


「痛ッ!」


「ごめん、リナス! どこか変なところ触ったかな?」


「大丈夫。ちょっと集中が切れたみたいね……」


 アドルフは触れた場所を確認する。リナスの右腕だ。少し腫れている。


 「女性の身体をじろじろ見ないの」


 それは、弱っているところを弟に見せたくない姉の振る舞いだった。

優しいげんこつがアドルフの頭に落とされる。


「でも、リナス……これ……」

 

 リナス自身も右腕を見る。上腕あたりが妙に腫れている。


 (やっぱり、あの時かな……)


 それは、最後の追手に矢を放ったときの反動だった。


 呼吸法には様々な種類がある。気を落ち着かせるもの、力を抜くもの――

そしてリナスが使ったのは、父から教わった狩人の呼吸法。


 目の前の的に集中するための呼吸。

筋肉や骨が悲鳴を上げようとも、意識を逸らさないための呼吸。


 それは体を限界まで扱えるということでもあり、同時に限界まで酷使できるということでもある。


 今回、その反動が右腕に現れたのだ。


 (お父さんなら、もっと上手に……体を壊さずに射れたんだろうな)


「私は大丈夫だから。すぐには動けないけど、しばらく休めば問題ないから!」



「うん、分かった。でも無理はしないでね」


 そう言ってアドルフは、今後について話すためにダリオンのもとへ向かう。


(トラヴィスさんは重体だ。リナスもしばらく弓は扱えない……)


 腰に携えた剣に手を添える。

いざとなったら、どんなことがあろうと戦わなければならない。

震えて握れなくても、戦う意思だけは持っていなければならない。


「今度は俺が、皆を守らなきゃ……」


 暗い森の中、月明かりがほんのりと照らす古い切り株にダリオンは腰かけていた。

何か考え事をしているようだ。


 アドルフが声をかけようか迷ったところで、ダリオンが気づく。


 「あぁ、アドか……」


 その顔は、どこか思い詰めたような表情だった。


 「ダリオン。ちょっと、今後について話そうと思ってね……」


 ダリオンはアドルフに聞こえないほどの声で、俯きながら小さく呟く。


「今後か……」


 そして立ち上がり、真っ直ぐにアドルフに向き直る。


「アド……本当にすまない。謝罪だけでは済まないことは重々承知しているが、頼む……謝らせてくれ!」


 それは、今回の護衛に関する謝罪だった。本来だったら王族が謝ることなどない。

だが、ダリオンは一人の友人としてアドルフに謝罪したかった。


だからこそ、アドルフは素直に答えた。


「ダリオン……これは君だけのせいじゃないよ。

トラヴィスさんもミレイナさんも、リナスもガルドも、そして俺もそれぞれが今回の護衛をすると決断したんだ」


 それは、自分が憧れたガルドやリナス、ヴァルクのような存在を見てきたからこそ言える言葉だった。

けれど、譲れないものもある。


「でもね、ダリオン……俺は皆を失いたくない。もちろん君も失いたくないし。

トラヴィスさんやミレイナさん、リナスやガルドが危険な目に遭うなら、ラパンに辿り着かなくても良いと思ってる」


それは、アドルフが素直に思うところだ。誰にも”今”を奪わせたくない。


「けど、ダリオンも自分のお母さんやお姉さん、兄弟達の為に動いてる……。

その気持ちは同じだ……。だから俺もできる限り手伝いたいんだ……」


 その言葉に頭を下げていたダリオンが顔をあげる。


 「アド……」


 ダリオンは、ヴァルクがなぜアドルフのことを”守るために戦う戦士”というような事を言ったのか少しずつだけど理解した。

 彼はどこまでも優しく強いのだ。自分の家族が友人が傷を負っても、まだ護衛の事も頭の中にあり、それすら諦めようとしていない。


 そして最近出会ったばかりの一王族だからという理由ではなく、一友人として、まだ自分のことも見捨てずにいるのだ。

剣を取れなくても、アドルフという人間が強いからこそ、まだここに居てくれる。


 そう理解したからこそ、一度考えるように、俯いてからダリオンは再び顔を上げた。


「……提案がある」


 そして暗い森の中、アドルフとダリオンは話し合った。

それは二人が最も望む形のものだった。


ダリオンからの話を聞き、アドルフはミレイナとトラヴィス、そしてリナスの元へ歩いて行った。

 

「この提案は、ミレイナさんとリナスは受け入れてもらえないかもしれない……。

トラヴィスさんも起きていたらきっと断られるかな」

 

 でも、それでもこっちの方が確実だとアドルフ自身も思っていた。


「ミレイナさん、トラヴィスさんはどう……?」


 アドルフがトラヴィスの前で屈み、顔を覗きこむ。

熱でまだ汗は止まっていないが、呼吸はだいぶ安定してきたように見えた。


「なんとかなったみたいだけど……でもしばらくは動かしたくないね。リナスも大丈夫かい?」


「うん、私は大丈夫よ。ちょっとしばらくは弓は引けないけど……えへへ」


「まぁこれでアドにもしばらくは手を出せなくなったから、少しは良かったか」


「ミレイナさん!ひどい!」


 少し場が和む。こんな時にも冗談を言えるということが、ミレイナという女性の強さだ。

だからこそ、もう危険に晒せない。


「ミレイナさん、リナス。今から言うことを良く聞いてほしい……」


 アドルフは少し強張った顔をしながら、ダリオンからの提案を話しはじめた。

ミレイナは心配そうな顔でアドルフを見る。それはリナスも同様だった。

きっとそれはアドルフたちにとって良くて、自分達にとって良くない提案だと直感で分かっていたからだろう。


「ここからは、自分がダリオンと行動しようと思う……」


 アドルフはゆっくりと説得するように話し続けた。


 「ダリオンのエーテルリムを使って、空に火花を散らして、戦闘を終えたはずのヴァルクとガルドと合流しようと思うんだ。

何よりヴァルクさんがこちらに辿り着く道筋ができる」


 「そして無事にラパンまでたどり着いた後に改めてトラヴィスさん、ミレイナさん、リナスに救助隊を出そうと思う。

幸い荷馬車にはまだ食料もあるし、水はみんなのエーテルリムで賄えるから……」


 それは一見とても良い提案と言える。だが、それは逆に追手がいれば場所を知らせるようなものだ。

その行為自体が危険であることをアドルフやダリオンが分からない訳がない。


 それでもその提案を受け入れたのは、トラヴィスやミレイナ、リナスを他の追手から守るためだと容易に想像がついた。

追手が仮にまだ残っていたとすれば、それは囮にもなり得るということだ。


 そのことを、ミレイナとリナスが見抜けないほど疲弊しているわけではない。

むしろ、守りたいという気持ちはアドルフが思っている以上に強いのだ。


 それはどれだけ血や汗を流しても変わらない。だからこそアドルフを止めなきゃならない。

アドルフが話し終える前に、ミレイナとリナスは互いに目を合わせた。


 その瞳には、たとえ本当の母でも姉でもなくとも、アドルフを止めなければならないという決意が宿っていた。

【あとがき】

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