11 魔法のある世界
貿易都市ラパンへと続く道。
その空気を切り裂くように、猛者同士の剣が激しくぶつかり合っていた。
金属が軋む音、踏みしめる土の振動、そして殺気――すべてが戦場の空気を濃密に染めていた。
ヴァルクとナガヨシ。
互いに一歩も引かず、剣を交えるその姿は、まるで獣同士の縄張り争いのようだった。
その隙間に、ガルドでさえも割って入る余地はなかった。
一方、ナガヨシの部下たちは誰一人として援護に入ろうとしない。
それは信頼か、恐れか――いや、確信だ。
ナガヨシが必ず勝つという、揺るぎない信念。
彼らは淡々と任務を遂行していた。
馬の前に二人、準備に二人、装備を整える二人。
その動きに迷いはなく、まるで訓練された軍隊のようだった。
ガルドは即断する。
(せめて、奴らの足を止める……!)
一気にヴァルクとナガヨシの横を駆け抜ける。
二人は互いに集中しており、ガルドの動きに目もくれない。
だが、敵も黙って見ているわけではなかった。
前衛の二人が手のひらをこちらに構えた。そこには帝国の装飾とは異なるエーテルリムが装備されていた。
そしてそのエーテルリムが青く光り始める。
空中に、無数の水泡が浮かび上がる。
ガルドの目が見開かれる。
(青の魔法……そして泡……!)
即座に太い木の陰へと飛び込む。
次の瞬間――
空気を裂く音とともに、細い水の針が無数に飛来した。
木々には綺麗に穴が開き、地面にも無数の穴ぼこができていた。
「ぐっ……!」
左肩に鋭い痛み。
肉を抉るような感覚とともに、血が滲む。
(この威力、完全に軍用だ……!)
だが、エーテルリムに登録されている魔法は一つしかない。
だからこそ、前へと駆ける。ガルドは痛みを押し殺し、地を蹴った。
負傷しながらも、全く戦意を失っていないガルドを見て、
敵も表情を強張らせる。
そして再度、手のひらをガルドに構え始めた。再び水泡が形成される。
だが迷いのないガルドは敵の目前へと踏み込めていた。
一人目の手のひらへ、細剣を突き刺す。
「ぐぁ!」
短く呻き声が聞こえたが、手のひらに刺したまま、喉元へと剣先を向け、息の根を止める。
そしてそのまま死体をもう一人へと突き飛ばす。
肩に再び激痛が走るが、構わず突進。
死体ごと、もう一人を串刺しにする。
空中の水泡が、力を失ったように地面へと落ちていった。
ガルドは息を荒げながら、体勢を立て直す。
(よし、次だ……!)
だが、その瞬間――
地面が微かに震えた。
「……っ!」
腹部に衝撃。
鈍い音とともに、体が浮き、口の中に鉄の味が広がる。
正面には、地面に手を当てる敵の姿。
既に馬の準備を終えて、加勢しにきていたようだ。その手元から、淡く土色の光が漏れていた。
(土の魔法……!? そんなはずは……)
滅んだはずの国の魔法が、今、自分を貫いている。
意識が遠のく。
ヴァルクの叫び声が、どこか遠くで響いていた。
その声に応えることは、もうできなかった。
既に視界は失われていたが、トラヴィスやリナス達の顔が浮かぶ。
「……ヴァルクの旦那……リナス……頼ん……だ……」
ガルドは、静かに地に伏した。
そしてその横を、二騎の馬が砂煙を巻き上げながら駆け抜けていく。
ヴァルクは刃を交えながら、遠くでガルドが倒れるのを目にした。
「ガルドォ!」
叫びは虚しく空に消え、返答はなかった。
代わりに、ナガヨシの太い片刃の剣が唸りを上げてヴァルクへ襲いかかる。
「よそ見はいけない……なぁ!」
連撃が襲いかかる。
ナガヨシの剣は片刃でありながら、止まることなく振るわれる。
一撃一撃が重く、骨に響く。
ヴァルクは防戦一方になりながらも、確実に捌いていく。
二騎の馬はすでに走り出している。自分の足では追いつけない。
だからこそ――この男だけは、ここで止める。
ヴァルクの剣が、徐々に最小限の動作で振るわれ始める。
受け、流し、受け、流し。
その手数がナガヨシに迫り、気づけば彼が防御に回り始めていた。
(なんだこいつ……!?)
ナガヨシは驚愕の表情を浮かべながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。
「あぁ! あぁ! ああ! こういうのを待ってたんだよなあ!!」
ナガヨシも攻めに転じようと手数を増やす。
だが、それでも防御に回る回数が増えていく。
やがて、ナガヨシの手足に切り傷が現れ始める。
それは動きを微かに鈍らせ、裂傷の深さが増すごとに、彼の剣速も落ちていった。
そして――その時は突然訪れた。
ナガヨシの右膝が、地面に崩れ落ちる。
腱が断たれ、自らの身体を支えられなくなったのだ。
ヴァルクの大剣が、唸りを上げて迫る。
その瞬間でさえ、ナガヨシは満足そうな顔をしていた。
「見事!!」
斜めに振り下ろされた一撃が、ナガヨシの胴を裂いた。
少し離れた場所で、ナガヨシが地に倒れるのを見た部下たちが、静かに彼のもとへと集まってくる。
「残り二人だ…」
既にナガヨシの事は、頭にない。
そして、先ほどガルドに放たれた魔法――その色と性質を、ヴァルクは見逃していなかった。
だからこそ、足は止まらなかった。
二人の部下が慌てて地面に手を置き、ヴァルクの位置を何度も確認する。
だが、ヴァルクの足は止まらない。
徐々に近づいてくる "死" に、一人が焦って魔法を放つ。
ヴァルクの目の前に土の剣山が飛び出す。
そしてその魔法のせいで、魔法を放った兵士はヴァルクの姿を見失う。
そして次に彼らが目にしたのは――鋭い鉄塊であった。
ヴァルクは、切り伏せた敵の兵装を確認する。
どこかで見たことがある。だが、確信が持てなかった。
水の魔法、そしてナガヨシの使っていた武器――それは、かつて友を失った防衛線で何度も見た魔法だった。
そしてナガヨシが扱っていた武器は、敵の幹部だけが持っていた武器――"カタナ"というこの世界では珍しい片刃の武器と酷似していた。
「恐らくジョルダーノか……あの国まで動いてるのか……」
帝国より西に位置する、到底富国を目指しているようには見えない侵略と戦争を繰り返す不気味な国。
そして敵方の装備に見慣れないエーテルリムを一つ見かける。
そこに嵌め込まれている魔石の色は、黄金のような色をしたものが一つだけあった。
「まさかこの国も絡んでいるのか……。だが、これならもしかしたら……」
この魔石にあとどれだけの魔力が残っているか分からないが、一回でも使えれば問題ない。
ヴァルクは、ガルドに駆け寄った。
腹に大きな穴が開いている。こんな状態では普通は助からない。
だが試す価値は大いにあった。ヴァルクは自分の右手に装備しているエーテルリムを外し、
先ほど手に入れたエーテルリムを身に着けた。
そこには、変わらず黄金の輝きが放たれている魔石が嵌め込まれている。
ヴァルクは既に息も無さそうなガルドに手を当て、集中する。
魔石が黄金に光り出す。それはまさに光がガルドを包み込むような光景だった。
この魔石を扱う国では、この魔法をこう呼ぶらしい。
「七支樹の奇跡……確かにこれは奇跡だ。だが本当に人間が扱ってよいものなのか……?」
ガルドの傷が綺麗に塞がっていた。
それはとても信じがたい光景。
そして気づけば、ガルドから微かな吐息が聞こえてきた。
目覚める様子はなさそうだが、このまま待っている時間もない。
ガルドを戦闘があった場所から、少し離れたところまで運び、たった一言だけ書き置きしておく。
『殿下を追う。』
ヴァルクは、すっかり土に馴染んだ車輪の跡に目をやった。
そこには、二頭分の馬の足跡がそれを踏みながら進んでいた。
「殿下、どうかご無事で」
車輪の跡を追い、ヴァルクは走り始めた。
【あとがき】
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