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響き合う淵

 木漏れ日が幾重にも重なり、地表に複雑な紋様を描き出す森の縁。ルーカスとイルムガルトは、静寂に包まれた庵の前に立っていた。


 侍女のリーゼからは、食事を運んでもお嬢様は座ったまま動かず、深い瞑想に耽っているようだと聞かされていた。かつての天真爛漫なクララを知る者にとって、それは魂がどこか遠くへ去ってしまったかのような、寒々しい響きを伴う報告だった。


「語りかける言葉が届かぬのなら、音で揺り動かすしかないだろう」


 ルーカスが携えていたのは、古びた、けれど手入れの行き届いた竪琴たてごとだった。その後ろで、イルムガルトもまた、一本の横笛を静かに抱えている。


 庵の扉を叩き、中へ足を踏み入れた二人は、思わず息を呑んだ。

 そこは、浮世の塵を一切拒絶したかのような、清冽な空気に満ちていた。驚くほどに掃き清められた床。部屋の中央には一メートル四方ほどの平らな石が置かれ、その上にクララが静かに座している。


 それはもはや「部屋」ではなく、神聖な「祭壇」のようであった。


「……クララ。クララ、聞こえるかい」

「クララ様。もし声が届くのであれば、返事をしておくれ」


 二人の呼びかけに、クララの長い睫毛がかすかに震えた。ゆっくりと瞼が開かれる。その奥に湛えられた瞳は、かつてのような移ろいやすい感情の色彩を失い、ただ深く、静まり返った泉のような色をしていた。


「……はい、お兄様。聞こえておりますよ」


 返された声は、以前よりもずっと透き通り、庵の中に満ちる神気に溶け合っていた。


「何の御用でしょうか。こんな湿った場所まで」


「兄が妹を訪ねるのに、理屈が必要なのかい? それに、館にいてもお前の消息がちっとも聞こえてこないものだからね。心配で、居ても立ってもいられなくなったんだ」


 ルーカスの冗談めかした言葉に、クララは微かな、さざ波のような笑みを浮かべた。


「お兄様、そのお背中の楽器は何ですか」


「お前が深く眠っているようなら、枕元で子守歌でも奏でてやろうと思ってね。……聴いてくれるかい? 僕が楽器を弾く姿なんて、お前は見慣れていないだろうけれど」


「ええ……。ぜひ、聴かせてください」


 ルーカスが竪琴の弦に指をかける。

 爪弾かれた音は、静かな水面に落ちた雫のように、清澄な響きとなって庵の中に広がった。学院で人知れず磨き上げたその腕前は、確かな「調べ」となって空気を震わせる。そこへ、イルムガルトの横笛が寄り添った。風が梢を抜けるような、あるいは遠い山並みをなぞるような、涼やかな旋律。


 二人の奏でる音色は、クララとニックス、そして森の地脈へと染み込んでいくようだった。


 曲が終わっても、庵の中には心地よい余韻が長く漂っていた。クララの瞳に、ほんの一瞬だけ、懐かしい温かな光が宿ったのを二人は見た。


「お二人とも……とてもお上手ですね。こうして、時折曲を聴かせに来ていただけると、とても嬉しいわ」


「ああ、また来るよ。練習しておくからね」


 二人はそれ以上、何も言えなかった。森の奥に生まれた新たな泉のこと、クララの庵の脇から湧き出す不思議な水流のこと。それらを問い詰めることは、今この場所にある、精霊と人とが織りなす危うくも美しい均衡を、無作法に壊してしまうことのように思えたからだ。


 庵を去る二人の背後で、再び静寂が降りる。

 石畳の道を戻る彼らの耳には、自分たちの足音に混じって、どこからか絶え間なく湧き出す水の音が、いつまでも追いかけてくるように聞こえていた。


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