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エピローグ:悠久に流れる調べ

 ルーカスとイルムガルトが、最後に「妹」としてのクララと語らったのがいつのことだったか、後世の記録には残っていない。


 ただ、二人が庵を訪ねるたび、そこに座す影は人としての熱を失い、代わりに透徹した神気を纏っていった。もはや庵の内部は、現世うつしよことわりが及ばぬ場所となっていた。中央の石座に深く沈むクララの姿は、まるで数百年、あるいは数千年の時を凝固させた美しい彫像のようであり、その周囲には、目に見えぬ清らかな水流が絶えず渦巻いているようだった。


「クララは……もう、私たちの手の届かぬ淵へ還ったのだな」


 ルーカスからその報告を受けたフリードリヒ伯爵は、窓の外、深く静まり返った森を見つめ、長く、重い溜息を吐いた。それは、最愛の娘を失った悲しみと、抗えぬ運命さだめを受け入れた男の、静かな諦諦あきらめの響きであった。


 伯爵は、ローゼンヴァルト家の血を引く者たちへ、厳格な家訓を遺した。

 ――森の畔の庵を、決して荒らしてはならぬ。

 ――石畳の道を絶やさず、日に三度の食事を、欠かさずその供え台へ運び続けよ。


 それは、異界へと身を投じた娘に対する、親としての、そして領主としての、最後で永遠の愛の形であった。


 時が、幾世代もの営みを呑み込みながら流れていった。


 数百年という悠久の歳月を経て、かつて枯れ果てていた森の祠の前の泉は、往時の豊かさを取り戻していた。地底深く眠っていた水脈が、二つの魂の祈りに呼び覚まされたかのように、滾々と、絶えることなく溢れ出している。


 今やその泉は、誰に教えられるともなく「クララの泉」と呼ばれ、森の全ての命を潤す母なる場所となっていた。


 いつしか、領民たちの間には、一つの物語が語り継がれるようになった。


「……昔々、この地には、月の光のように寂しげな瞳をしたお姫様がおいでになった。お姫様はあまりの孤独ゆえ、泉に棲む水の精霊に心を奪われ、そのまま魂を精霊の世界へ連れ去られてしまったのだよ」


 物語の中の姫は、ある時は悲劇のヒロインとして、またある時は森の守護神として語られた。けれど、本当の真実を知る者は、もうどこにもいない。


 ただ、今も森の畔の庵を訪れる者は、耳を澄ませば聞こえてくるという。


 石畳の道を吹き抜ける風の音に混じり、寄り添い合うように響く、二つの穏やかな声と――。

 かつて兄と魔導師が奏でた、あの懐かしい竪琴と笛の音をなぞるような、静かな、静かな水の爆ぜる音を。


 森は今日も、清らかな水を湛え、ただ沈黙の中にその理を刻み続けている。


【おしまい】


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