呼び声の再燃
クララが領地へ戻るという報せは、イルムガルトの心に鋭い錐を立てるような焦燥をもたらした。
王都で過ごした五年の月日が、少女の魂をどれほど塗り替えたのかは分からない。しかし、森の奥に鎮座する「封じの祠」は、あの日から何一つ変わらぬまま、湿った闇の中で時を止めている。クララがこの地を踏めば、眠っていた精霊の渇きは、火に油を注ぐが如く燃え上がるに違いない。
だが、再会したクララは、驚くほど落ち着いた「淑女」になっていた。
館に戻って数日の間、何事も起きぬ平穏な時間が過ぎてゆく。伯爵も、そして傍らに控えるルーカスも、ようやく胸の撫で下ろそうとしていた。
ただ一人、イルムガルトだけが、館を包む静寂の裏側で、地脈が低く唸るような不穏な震えを感じ取っていた。
その夜、クララは五年の空白を飛び越え、ふたたび「夢路の淵」に立っていた。
目の前には、かつてと変わらぬ、透き通るような青い髪をなびかせた青年が立っている。
「ニックス……会いたかったわ」
クララの口から漏れたのは、祈りにも似た吐息だった。
「やっと分かったの。王都でたくさんの人に囲まれていても、私はずっと寂しかった。あなたの孤独は、私自身の孤独だったのね」
「クララ……戻ってきたのだね。あんなに遠くへ、逃げたはずなのに」
ニックスの瞳には、再会の喜びよりも深い、底知れぬ憂いが揺れていた。
「ええ。私ももう、あの頃のように何もできない子供ではないわ。明日、あなたのいる祠まで行くつもりよ」
「……よしなさい。森は危ない。今の私には、この理の外側から溢れ出す『何か』から、君を守る力はないのだから」
精霊の警告は、震える風の音となってクララの耳を打った。だが、一度共鳴してしまった孤独は、恐怖を塗りつぶすほどの熱を帯びていた。
翌朝、クララは静かだが退路を断った強い眼差しで、祠への同行を願い出た。
「どうしても行くと言うのだね、クララ」
ルーカスが苦渋に満ちた声を出す。イルムガルトは、クララの瞳の奥に宿る「向こう側」への光を見て、もはや言葉で引き留める段階は過ぎたと悟った。
「ルーカス様。……私と貴方様、そしてクララ様の三人であれば、万が一の際にも、結界の守りを維持できるはずです。無理に禁じて、お一人で森へ入られるよりは、我らが付き添うべきでしょう」
イルムガルトのその判断は、魔導を修める者としての、冷静な計算に基づいたものだった。
しかし、人の編み出した術が、五百年の渇きを癒さんとする精霊の、あるいはそれを超えた「森の意志」の前にどれほど無力であるか。
一行が森の暗がりに足を踏み入れたとき、クララの運命の歯車が、後戻りのできない音を立てて回り始めたことに、まだ誰も気づいてはいなかった。




