第258話:【ジョージの洗礼と、異文化衝突】
エカテリーナさんに施してもらった「鉄壁の可愛いネイル」を眺めながら、私は河原の岩場で休憩していました。
淡いピンクに輝くラインストーンを見るたび、なんだか自分が少しだけ強くなったような、不思議な高揚感に包まれる。
「……姐さん、周囲の警戒を怠らないでください。光るものは敵の視線を惹きつけます。特に、あの『浮ついた雄』の動きが不審です」
そう言うエカテリーナさんが軍用双眼鏡を構え、一点を凝視しました。
その先には、川辺で女子大生たちと水しぶきを上げながら、眩しい笑顔を振りまいているサークル長のジョージさんの姿が。
「あ、佐藤さん! その指先、もしかして新種のタクティカル・ウェポンかい?」
ジョージさんが、濡れた髪をかき上げながらこちらに歩み寄ってきました。相変わらずの彫刻のような肉体美と、隙のないウィンク。
「Hey! 近くで見せてよ。……Wow, 綺麗だ。その指先に触れたら、俺のハートもイチコロで撃ち抜かれちゃいそうだな?」
「え、ええっと……。あ、ありがとうございます。エカテリーナさんが塗ってくれたんです」
私が赤面して後ずさりした瞬間、背後から氷のような冷気が漂ってきた。
「……貴様。姐さんの聖域に土足で踏み込むとは、いい度胸ですね」
エカテリーナさんが、スッと私の前に立ち塞がりました。
その手には、いつの間にかマニキュアのボトルではなく、護身用のタクティカル・ペンが。
「おっと、怖いなエカテリーナ。俺はただ、彼女の『美しさ』を称賛しただけさ。アメリカンスタイルなコミュニケーションだよ」
「……アメリカンスタイル。では、私も『ロシアン・マフィアスタイル』で返礼すべきでしょうか。姐さんの指先は弾丸ではありませんが、私の拳は岩をも砕きます」
「エカテリーナさん、止めて! ジョージさんも、そういう冗談は彼女には通じないから!」
私が慌てて二人の間に割って入ると、隣で石を積んでいたチャイさんが、静かに目を開けました。
「……ふむ。ジョージさんの『情熱』と、エカテリーナさんの『殺気』。これもまた、ぶつかり合うエネルギーの無常。……ひまりさん、見てください。あの石が崩れる瞬間と、ジョージさんの鼻の骨が折れる瞬間。どちらがより『無』に近いでしょうか」
「チャイくん! 観察してないで止めてよ! 私の好きな人が埋められちゃうでしょ!」
ひまりの絶叫が渓谷に響き渡ります。
結局、ジョージさんが「オーケー、オーケー! 降参だ! 君たちの友情はダイヤモンドより硬いね」と両手を上げて去っていくことで、事態は収束しました。
「……姐さん、申し訳ありません。不届きな害虫を即座に排除できませんでした」
「いいのよ、エカテリーナさん。……でも、ジョージさんみたいな人も、悪気があるわけじゃないのよね。ただ、言葉の使い方が極端なだけで」
私は、少しだけ笑ってしまった。
三郎さんが用意してくれる「完璧な社交」の世界には、こんな無礼な冗談も、それを本気で排除しようとする過保護な友人もいない。
そう、ここにしかないんだ
「……ねえ、ひまり。私、思うんだけど。言葉って、正しく伝わらないからこそ、面白いのかもしれないわね」
「……みゆ。あんた、あのカオスを見てそんな境地に達したの? チャイくんに感化されすぎじゃない?」
ひまりが呆れたように笑いました。
ネイルを塗った指先で、私はスマホのメモ帳を開きました。
台本にない体温、予期せぬ衝突。
この合宿で手に入れた「ネタ」は、私の配信をより泥臭く、けれどより愛おしいものに変えてくれる確信をどこか感じていた




