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第257話:【川辺の対話と、本当の指詰め】


合宿二日目の朝。山の空気はひんやりと冷たく、ログハウスのすぐ裏手を流れる渓流は、水晶のように透き通っていた。


サークルのメンバーたちが水着や軽装で川遊びに興じる中、エカテリーナさんだけは「水辺は足場が不安定。奇襲の絶好の機会です」と、迷彩柄のラッシュガードを完璧に着こなして周囲を警戒している。


いったい何と戦っているのか


「……姐さん。川のせせらぎに紛れて、敵の足音が聞こえませんか?」


「エカテリーナさん、それただのチャイさんが石を積んでる音よ。ほら、あそこで無心になってるでしょ」


少し離れた河原では、チャイさんが後光のような朝日を浴びながら、絶妙なバランスで石を積み上げている。


「ひまりさん、見てください。この石の重なり……これこそが宇宙の調和。崩れゆく瞬間にこそ、真理が宿るのです」


「真理じゃなくて、私の想いを受け止めてってば! 石より先に私の心が崩れそうよ!」


朝から絶好調(?)の二人を眺めながら、私は浅瀬に足し、その冷たさに「ひゃっ」と声を上げました。


こんな風に自然の温度を直接肌で感じるなんて、何年ぶりだろう。



しばらくして、大きな岩の影で一休みしていた時のことです。


エカテリーナさんが、周囲を一度鋭く見渡してから、私の前に正座(岩の上ですが)して深く頭を下げました。


「姐さん。昨夜の話、感銘を受けました。自分と向き合うための覚悟……その決意を固めるために、今こそ『指を詰める』べきかと判断しました」


「えっ……!? ちょ、ちょっと待って、エカテリーナさん!?」


私は震え上がりました。昨夜、恋愛よりも自分と向き合うと言ったけれど、まさかその「ケジメ」として物理的な指を……!?


「い、いくらなんでもそれは……! 私、指がなくなったらキーボード叩けないし、配信もできない!」


「ご安心を。道具はすべて、私が最高のものを揃えてまいりました。……こちらです」


エカテリーナさんがカバンから取り出したのは、重厚な黒塗りのケース。私が「ヒッ」と息を呑んで目を逸らした瞬間、パカッと開いたその中に入っていたのは——。


色とりどりの、可愛らしいマニキュアのボトルでした。


「……。えっ? これ、マニキュア?」


「肯定。……姐さんの指先を、私がデコらせていただきます。極道の隠語では、指を飾ることもまた、美しきケジメの一つ。……と、これは雑誌『小悪魔ageha』のバックナンバーで学びました」


「絶対、極道の隠語じゃないわよ……。教材は極道シリーズだけじゃなかったのね。そっか。ネイルのことだったのか」


私は心底ホッとして、力が抜けてその場に座り込みました。


エカテリーナさんは真面目な顔で、私の手を取り、丁寧に甘皮の処理を始めます。


「姐さんの手は、繊細で美しい。この指先で、世界中に声を届けているのですね。……自分と向き合うための戦場に赴く姐さんに、最高の武装を施します」


「武装……ふふ、そうね。ありがとう、エカテリーナさん」


一塗り一塗り、丁寧に色が重ねられていきます。


選んでくれたのは、透き通るような淡いピンクに、小さなラインストーンを一つだけあしらった、控えめながらも凛としたデザイン。


「……できました。これで姐さんの指先は、鉄壁の可愛さを手に入れました」


「本当……。すごく、綺麗。なんだか、指先から勇気が湧いてくるみたい」


私が完成したネイルを太陽にかざすと、ラインストーンがキラリと光りました。その横で、エカテリーナさんも自分の指を見て、「……可愛い、ですね。姐さん」と、ぎこちなく、けれど年相応の少女のような微笑みを浮かべました。


「ええ。……最高に『可愛い』わよ、エカテリーナさん」


川のせせらぎの中、物騒な言葉の裏にある彼女の不器用な優しさに触れて、私はまた一歩、新しい自分に近づけたような気がしました。

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