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第256.5話:【煙の向こうの、煩悩と悟り】


カオスな飯盒炊飯を終え、サークルの皆がログハウスの広間でトランプに興じている頃。


私とひまりは、少し煙臭くなった服を夜風にさらそうと、ウッドデッキの縁側に並んで座っていました。


「……ねえ、みゆ。さっきのカレー、あんなに焦げてたのに。チャイくんったら、なんて言ったと思う?」


隣に座るひまりが、手元のカップを揺らしながら深い溜息をつきました。


「『焦げもまた、形あるものが変化した一つの姿。炭となった肉の中に、私は宇宙の巡りを感じます』……って、あの彫刻みたいな顔で微笑みながら完食したのよ! 文句の一つも言ってくれたほうが、まだ『有』な関係に近づける気がするのに……!」


「あはは! 本当に、チャイさんの『悟り』は筋金入りね……」


ひまりが膝を抱え、絶望にも似たトーンで夜空を見上げました。


「私の恋愛観ってね、もっと……『一緒に泥を被れる人』がいいの。チャイくんみたいに全てを『無常ですね』って受け流すんじゃなくて、一緒に転んで、一緒に悔しがってくれる人。……みゆはどうなの? 実際、周りに素敵な人はたくさんいるじゃない」


ひまりの突然の振りに、私は夜風に当たりながら少しだけ考え込んでから、静かに首を振りました。


「……うーん。私は、今はまだ恋愛はいいかな、って思ってるの」


「えーっ、またそうやって逃げる! みゆってば、核心に触れそうになるとすぐ煙に巻くんだから」


ひまりがニヤニヤしながら私の肩を突っつきます。


私は苦笑いしながら、遠くで爆ぜる焚き火の火の粉を見つめました。


「逃げてるわけじゃないのよ。……ただ、私はきっと、まだ『子ども』なんだと思う。まだ自分自身と向き合っている途中なの」


言葉にすると、すとんと胸に落ちる感覚がありました。


幼い頃は大学生は大人だと思っていた。


でもいざ自分がこの年になると、見た目だけ年をとって中身は子どものままではないかとより強く思うようになったのだ。


「今の私は、誰かの隣に立つことより、まず自分の足でしっかり立つ練習が必要なの。……それを乗り越えられたら、いつか、その先のことも考えられるような気がするんだけどな」


「……みゆ。あんた、たまにすごく大人びたこと言うわよね。ずるいわ」


ひまりが少しだけ寂しそうに、でも愛おしそうに笑って、私の肩に頭を預けました。


「……姐さん。恋愛とは、すなわち『命のやり取り』。そう認識して相違ありませんか?」


「ひゃああっ!?」


不意に背後から聞こえた低い声に、私たちは飛び上がりました。


いつの間にか、エカテリーナさんが暗闇に同化するように立っていました。


「エカテリーナさん! いつからそこに……!」


「『自分と向き合う』……それはすなわち、己の弱さを断つための『水垢離みずごり』の如き修行。姐さんの覚悟、深く感銘を受けました。……隣のチャイという男、私の双眼鏡で観察しましたが、あの男には隙がありません。まるで死を悟った老兵ベテランのようです。姐さんが戦う(恋をする)には、まだ時期尚早かと」


「戦わないし、老兵じゃないわよ! ただの大学生よ!」


「……姐さん。もしあの男が姐さんの『自分探し』を邪魔するようなら、私が裏の山に……」


「埋めないで! 彼は石を積んで無になりたいだけなのよ!」


ひまりが必死にチャイさんの身の安全を叫ぶ横で、エカテリーナさんは「……不可解です。やはり『可愛い』の道は、極道よりも険しい……」と、月明かりの下で真面目にメモを取っていました。


「……ふふ。ねえ、ひまり。私の恋愛はやっぱりまだまだ先になりそう。今は、このカオスな毎日の方が、ずっとドキドキするから」


「もう、みゆったら。……でも、その『向き合ってる途中』のあんたを、一番近くで見てる特等席は譲らないからね!」


二人の笑い声が、静かな山の夜に溶けていきました。

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