第256話:【飯盒炊飯:火力の美学】
ログハウスに到着して早々、私たちは夕食の準備に取り掛かることになりました。
メニューは合宿の定番、カレーライス。しかし、ここは文明の利器が届かない山奥。
まずは薪を割り、火を起こすところから始めなければなりません。
「……姐さん。薪を割る動作、それは己の迷いを断ち切る行為に他なりません。一撃で沈めるのが作法です」
エカテリーナさんが、どこから取り出したのか重厚な鉈を手に、丸太の前に立ちました。
「エカテリーナさん、それは修行じゃなくて準備だから! 迷いを断ち切らなくていいから、細長く切って!」
「了解しました。……フッ!」
空気を切り裂くような鋭い音と共に、丸太が吸い込まれるように真っ二つに。
その断面の鮮やかさに、周囲の男子学生たちが「お、おう……プロか?」と引き気味に感心しています。
私はといえば、慣れない手つきでジャガイモの皮を剥きながら、彼女の背後に漂う圧倒的な「武闘派」のオーラに、冷や汗が止まりませんでした。
一方、かまどの方では、ひまりがうちわを必死に扇いで火おこしに大苦戦していました。
「……おかしいわね。新聞紙は燃えるのに、肝心の薪に火が移らないわ。ねえ、みゆ! この木、湿ってるんじゃないかしら?」
「どれどれ……。あ、本当ね。昨日の雨のせいかな」
私が覗き込むと、ひまりの顔は煤で真っ黒。それでも健気にうちわを振る親友の姿に、エカテリーナさんの目が鋭く光りました。
「……ひまりさん、苦戦しているようです。火力が足りない。姐さん、援護射撃が必要ですか? ちょうどカバンに、軍用の高熱伝導固形燃料と……」
「いいの! 手出し無用よ! エカテリーナさん、今は『援護射撃』じゃなくて『お手伝いしましょうか?』って言う練習をして!」
「『お手伝い』……。隠語ですね、了解しました。……おい、ひまり。その弱々しい火をナメてんのか。裏の山に埋める前に、私がきっちり『お手伝い』してやる」
エカテリーナさんはそう言うと、カバンから**「見たこともない着火剤(という名の何か)」**を焚き火に投入しました。
次の瞬間、「ドゴォォォン!!」という凄まじい音と共に、かまどから真っ赤な火柱が上がりました。
「きゃあああ!? 火力が強すぎるわよ!」
「……。これで火力が四百パーセント向上しました。姐さん、これこそが『芸術』ですよね」
「芸術じゃないわよ! カレーが蒸発しちゃう!」
私は慌てて鍋を火から遠ざけましたが、エカテリーナさんは満足そうに頷き、煤まみれのひまりにそっとタオルを差し出しました。
「……ひまりさん。次は、この火で誰を『焼き』入れますか?」
「焼かないわよ! お肉を焼くのよ! エカテリーナさん、今の流れでどうしてそうなるの!」
結局、少し(かなり)焦げた匂いのするカレーが出来上がりましたが、星空の下、みんなで囲んで食べる味は格別でした。
「……ふふ。焦げてるけど、美味しいわね、ひまり」
「そうね、みゆ。……でも次は、エカテリーナさんには着火剤を触らせないようにしましょう」
隣では、エカテリーナさんが「……『美味しい』。これが姐さんの言う、世界を作る言葉……」と、カレーを一口食べるごとに真剣な顔でメモを取っています。
完璧なレシピも、ボタン一つでつくコンロもないけれど。
煙に巻かれ、笑い合うこのカオスな時間が、私の配信にはない「本当の体温」を教えてくれている気がしました。




