第132話:【正論の刃】お嬢様の「正解」は誰も救いませんの?
重厚な百科事典とアンティーク家具に囲まれた鈴蘭の部屋。
彼女は今、リスナーからの「お悩み相談」を、切れ味の鋭すぎるメスでバッサリと切り刻んだ直後でした。
「お聞きなさいな。第一志望に落ちて絶望? そんなの、あなたの過去3年の成績データからすれば、合格率5%未満の無謀な挑戦。この結果は単なる『必然』ですわ。落ち込むのはエネルギーの浪費。即座に滑り止め校の傾向を分析しなさいな」
モニターの向こう側で、相談者がそっとブラウザを閉じて咽び泣く音が聞こえるようでした。
鈴蘭は満足げに、温度まで厳密に管理された紅茶を啜ります。
彼女にとって、曇りのない「正解」を突きつけることこそが、相手への最大の誠実だったからです。
そこへ、音もなくドアが開きました。
「おほほ。鈴蘭さん。今日もずいぶんとお見事な『言葉の虐殺』でしたわね」
咲子が優雅に部屋へ入ってくると、鈴蘭は誇らしげに背筋を伸ばしました。
「咲良さん! 見ていらっしゃいました? わたくし、迷える子羊に最短ルートの回答を教えて差し上げましたのよ。無駄な感情に浸る時間を短縮させてあげたんですわ」
「ええ、見ていましたわよ。……相談者の心が、あなたの冷たい言葉で粉々に粉砕される瞬間を。……鈴蘭さん、あなたの言葉には『体温』というものがありません。それはもはや対話ではなく、ただの『処刑』ですわ」
「処……っ!? 何をおっしゃいますの。わたくしは正しいことを伝えたまでです!」
咲子の瞳が、鈴蘭のプライドを静かに射抜きます。
「鈴蘭さん。あなたは『正しさ』という鎧を着て、自分を守っているだけではありませんこと? 相手の痛みに寄り添えば、自分まで苦しくなる。だから、難しい言葉で相手を突き放し、安全な高みから見下ろしているのですわ。……今のあなたは、正しい言葉を使って世界中を敵に回している、孤独な暴君ですわよ」
鈴蘭は唇を噛み締めました。図星を突かれた衝撃で、持っていたティーカップが微かに震えます。
「……じゃあ、どうすればいいって言うんですの? わたくしから知識を取ったら、何が残るというのです……!」
「よろしい。明日、あなたの『正論』が1ミリも通じない相手を用意いたしますわ。ルールは二つ。一つ、難しい言葉の使用禁止。二つ、理屈による解説の禁止。……相手に『あなたの気持ち』が伝わらなければ、あなたは即座に失格ですわよ」
「専門用語禁止!? そんな、丸裸で戦えとおっしゃるの!?」
「ええ。剥き出しの心で、相手の『わがまま』を受け止めなさい。……おほほ。明日の配信、楽しみにしていますわ」
咲子が去った後、鈴蘭はパニックのあまり、愛用の栞を間違えて紅茶に浸し、必死に味見しようとしていました。
「……味がしませんわ。わたくしの言葉と同じように」
彼女は震える手で、棚に並んだ古びた一族の記録に触れました。
なぜ自分が、これほどまでに「正しさ」という呪いに縛られるようになったのか。その記憶の扉が、ゆっくりと開き始めていました。
【佐藤家にて】
「おばあ様……。鈴蘭さんに5歳児の相手をさせるなんて、さすがに無茶じゃないですか? 彼女、子供を『未発達な個体』とか呼びそうですよ」
三郎の車輪に詰まった糸屑を取りながら心配するみゆに、咲子は楽しげに目を細めました。
「みゆちゃん。鋼の鎧を脱がせるには、強力な大砲よりも、無邪気な陽光の方が効果的ですの。……それに、あの子が『正論』に逃げ込むようになった理由……わたくし、少しだけ知っておりますのよ」
「おばあ様……? あ、また出汁飲んでる! それ、さっき三郎がこぼしたお味噌汁の残りですよ!」
「……っ、げほっ! 道理で深みのある味わいだと思いましたわ……!」
伝説の外交官といえど、孫娘の鋭いツッコミと三郎の粗相には、100年の経験も形無しなのでした。




