第127.5話(後編):【勝利の美学】プロとしてのギャンブル
「Vtuberという活動も、ある意味では毎日のように『賭け』をしているようなものですわ」
咲子は再び三郎のスイッチを入れました。規則正しい機械音を立てて床を滑り出した三郎を目で追いながら、彼女は優しい微笑みを浮かべました。
「事務所の名前を背負い、仲間の期待を背負い、そして何より、貴重な時間を自分に預けてくれるリスナーの人生を背負って配信に臨む。……彼女たちがその心地よいプレッシャーを、誇るべき『チップ』として楽しめるようになった時、櫻守事務所は本当の意味で世界に通用する場所になるでしょう」
「……そっか。ギャンブルっていうのは、ただお金を増やすことじゃなくて、『何を背負って、どう決断するか』を学ぶ修行みたいなものなんだね」
みゆの表情から、ようやく迷いが消えました。
レポートのテーマである「資源配分」という乾いた言葉よりも、今の咲子の言葉の方が、ずっと「生きるための知恵」として血が通っているように感じられたのです。
「おほほ! 左様ですわ。ですからみゆちゃん、あなたがもし将来、誰かの人生を背負って一世一代の勝負に出る時が来たら……その時は、わたくし秘蔵の『必勝の微笑み』を伝授して差し上げますわね?」
「あはは、おばあ様のその微笑み、怖いくらい迫力あるもんね。……でも、私はギャンブルより、おばあ様とこうしてお茶を飲んでる時間のほうが、ずっと価値のある『当たり(ジャックポット)』だと思うよ」
みゆの不意打ちの言葉に、咲子は一瞬だけ驚いたように目を丸くし、それから本当に嬉しそうに扇子で口元を隠しました。
「あら。……それは外交官として、120点満点の甘い誘惑ですわね」
いい雰囲気になり、みゆが片付けを手伝おうとテーブルに手を伸ばした、その時でした。咲子が広げていた外交誌の隙間から、何やら「ピンク色の紙切れ」がチラリと顔をのぞかせました。
「……あれ? おばあ様、これ何? 『中山11R』……『三連単・軸一頭マルチ』? 12月後半の日付だけど……」
みゆがそれを指差すと、咲子の動きがピタリと止まりました。優雅に微笑んでいた頬が、微かに引きつります。
「あ、あら。それは、その……歴史的資料ですわ」
「嘘おっしゃい! これ今年の有馬記念の勝負馬券じゃない! さっきまで『責任をチップにする覚悟』とか『知的訓練』とか格好いいこと言ってたのに、思いっきり一人のギャンブル(退屈な娯楽)に突っ込んでるじゃないの!」
「何を仰るんですの! 有馬記念は別ですわ! あれは博打ではなく、一年の総決算……そう、**『お祭り』**なんですのよ! 夢を買わずに何が外交官ですか!」
「お祭りって言えば許されると思って! しかも本命、一昨年の覇者からの流しって……おばあ様、意外と手堅いというか、ロマン派というか……」
「お黙りなさい! ゲートが開くまでは、誰にもわたくしを止めることはできませんわ!」
高尚な外交論から一転、必死に馬券を隠そうとする最強のおばあ様。
佐藤家の夜は、ギャンブルの是非よりもずっと賑やかな笑い声に包まれて更けていくのでした。




