第128.5話(中編):【博打と献身】責任の重さを知る牙
「自分一人のための博打なんて、ただの退屈な娯楽ですわ」
咲子は湯呑みを手に取り、立ち上る湯気をじっと見つめました。
その横顔は、かつて数多の修羅場を潜り抜けてきた勝負師のそれでした。
「失っても自分一人が困るだけのチップ。それは、単なるお金という名の紙切れに過ぎません。これまでの華蓮さんは、その紙切れを積み上げて、自分が強くなったと錯覚していたに過ぎない……。けれど、あの夜、わたくしが彼女の前に積んだチップは、ましろさんたちの『未来』でした」
「……それが、おばあ様の言う『劇薬』なの?」
「ええ。誰かのためにリスクを負う博打は、もはや遊びではありません。それは『献身』という名の、最も気高き勝負ですわ」
咲子は、かつて自分が外交のテーブルで、国中の人々の生活を背負って一世一代の「賭け」に出た時の話を、静かに語り始めました。
「一歩間違えれば、数百万の民が飢える。その重圧に比べれば、自分の命を賭ける方がどれほど楽だったことか。……けれど、その恐怖から逃げずに、責任をチップにしてテーブルに向かう覚悟。それを知り、あえて『勝負を降りる(ドロップ)』という屈辱を選んだからこそ、華蓮さんは合格したのです」
「……降りることが、合格?」
みゆが不思議そうに首を傾げると、咲子は深く頷きました。
「そうですわ。自分のスリルや勝利への執着よりも、隣にいる仲間たちの人生を大切に想った。……あの震える指先に宿った『恐怖』こそが、彼女がもう二度と無責任な賭けはしないという、何よりの証明ですのよ。自分以外の誰かのために牙を剥ける、本物のリーダーが誕生した瞬間でしたわ」
咲子の言葉は、まるで熱を持った弾丸のようにみゆの心に響きました。
華蓮が泣き崩れたあの場面は、敗北ではなく、彼女が「他人の人生」という重すぎる愛を引き受けた証だったのです。




