表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/274

第115話:【対話】「折れた剣」の騎士――救いたいという病(やまい)


櫻守事務所の一角、アイリス・ヴォルガの個人練習室。


そこは他のライバーの部屋とは違い、物が最小限に片付けられ、ピンと張り詰めた「司令部」のような空気が漂っていました。


「……失礼いたします、咲良様」


アイリスは咲子が入室した瞬間、椅子から立ち上がり、迷いのない動作で敬礼しました。


彼女が元自衛官であり、災害派遣の最前線で戦ってきた人間であることは、その無駄のない所作を見れば一目瞭然でした。


咲子は、ましろに赤いリボンを授けた時とは対照的な、冷徹な外交官の顔で彼女の前に座りました。


「アイリスさん。ましろさんの配信は見ましたわね? 彼女は自らの弱さを曝け出し、自由を手にしました。……対して、あなたはどうかしら。より一層、自分を『規律』という殻に閉じ込めていらっしゃいませんこと?」


咲子の鋭い指摘に、アイリスの肩が微かに震えました。


「……私は、彼女のように器用ではありません。私は自衛官として、国民の命を守るために訓練を受けました。……たとえ配信者になっても、私は『救う側』でなければならない。隙を見せることは、敗北を意味します」


「救う側、ですか。……ふふ、あの日と同じように?」


咲子がそっと差し出したのは、アイリスが自衛隊を辞めるきっかけとなった、ある大規模土砂災害の資料でした。


「……っ! なぜ、それを……」


「わたくしを誰だと思っていらっしゃいますの? ……土砂に埋まった家屋、あと数分でさらなる崩落が起きる極限状態。あなたは目の前の老人の手を握り、引き抜こうとした。けれど、上官の命令は『即時撤退』。……あなたは命令に背き、老人を救おうとして――結果、救えなかっただけでなく、同行した部下にまで重傷を負わせた。……違いますかしら?」



アイリスは拳を握りしめ、顔を伏せました。


「……私は、見捨てられなかった。一人でも多く、救いたかった。……なのに、私は結局、誰も救えなかった。だから私は、自分を許せないんです。配信の中でも、誰かの役に立たなければ、私には価値がない……!」


「アイリスさん。あなたは『優しさ』を履き違えていますわ」


咲子の声が、凍てつくように響きました。


「外交の場でも救助の現場でも、最も困難で、かつ最も尊い決断は『誰を救うか』ではありません。**『誰を救わないか』**を決めることですわ。全員を救おうとする者は、結局、全員を破滅に導きます。あの日、あなたが命令に従って即座に撤退していれば、部下が傷つくことはありませんでした。……あなたの『救いたい』という執着が、被害を広げたのです」


アイリスの目から、隠していた涙がこぼれ、机に落ちました。


騎士ナイトとは、剣を振るう者ではありません。守るべきもののために、何を切り捨てるかを選べる者のことですわ。……アイリスさん。今のあなたは、折れた剣を必死に抱えて震えている子供に過ぎません」



咲子は、アイリスに黒いリボンを差し出しました。


「これからは、配信の中で『完璧な正義の味方』を演じるのはおやめなさい。……あなたが向き合うべきは、視聴者という名の『助けを求める群衆』ではありません。自らの手で『救うもの』と『見捨てるもの』を選別し、その責任を背負う『覚悟』ですわ」


アイリスは、震える手で黒いリボンを受け取りました。


「……私が……誰かを見捨てる……決断を……」


「ええ。それができた時、あなたは初めて『折れた剣』を打ち直し、本当の騎士として戦場に戻れるでしょう。……ましろさんが自分の『嘘』を葬ったように、あなたは自分の『傲慢な優しさ』を葬りなさい」


咲子は立ち上がり、出口へ向かいました。


「次の配信、楽しみにしていますわよ。……救えない命を、どう見送るのか。あなたの『騎士道』を見せていただきましょう」


一人残されたアイリスは、黒いリボンを凝視していました。


彼女がこれから行うのは、ヒーローショーではありません。誰の心を選び、誰の心を切り捨てるかという、残酷な「魂のトリアージ」でした。


【佐藤家・屋根裏にて】

「おばあ様……。アイリスさん、あんなに追い詰めて大丈夫なんですか? 彼女、自分を責めてばかりなのに」


三郎ルンバを撫でながら心配するみゆに、咲子は静かに微笑みました。


「みゆちゃん。彼女は『責任』という重荷がないと立てない人なのですわ。ならば、中途半端な罪悪感ではなく、一生背負いきれないほどの『冷徹な決断』を与えてあげるのが、わたくしの優しさですわ」


咲子の瞳は、すでに次の「戦場」を見据えていました。


スティーブ・ジョブズ(Apple創業者)

「最も重要な決定とは、何をするかではなく、何をしないかを決めることだ。」

(Deciding what not to do is as important as deciding what to do.)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ