第114.5話(後編):理想に食い殺される魂
咲子は、三郎の頭を優しく撫でながら、みゆの手元にあるスマホを指差しました。
画面には、それぞれの不器用さを抱えながらも、ありのままを晒し始めた一期生たちのアーカイブ映像が流れています。
「Vtuberという活動は、その仕組み上、どうしても自分をよく見せたくなるものですわ。理想の肉体、理想の声、理想の物語……。それは、わたくしが100年前に必死に着込んでいた、心のドレスと同じ。美しく装うことは、プロとして間違いではありませんのよ」
咲子の瞳に、ふと厳しい光が宿りました。
「でもね。本当の自分と、演じている姿が離れすぎてしまうと、心に修復できない歪みが生じます。類まれな才能を持つ天性の役者なら、そのズレさえも芸術に変えてしまえるでしょうけれど……。普通の人間は、いつか自分の吐いた嘘の重みに耐えきれず、パリンと壊れてしまうのですわ」
鏡の中の自分が自分ではないと感じ始めた時、魂は徐々に磨り減り、最後には空っぽになってしまう。
かつて「理想の乙女」を演じ、大切な人に本音を言えなかった咲子の後悔。それが、今の彼女の教育の根幹にあるものでした。
「だからこそ、わたくしは彼女たちに『裸の心』を晒せと言い続けているのです。自分を偽ることに使うエネルギーを、自分を磨くことに使いなさい、と。……かつてのわたくしのように、誰かに好かれるための嘘で自分を見失ってほしくありませんもの」
「おばあ様……。それ、いつかの二人にも直接言いたかったやつだよね?」
みゆの真っ直ぐな言葉に、咲子は少しだけ頬を染め、茶目っ気たっぷりに首を傾げました。
「あら。余計な洞察は、わたくしの孫を名乗るには100年早いんじゃなくて? みゆちゃん」
「あはは、ごめんごめん。……でも、おばあ様。今の『お節介で、お出汁が好きで、ルンバと毎日喧嘩してるおばあ様』の方が、わたくしは100倍好きだよ! 全然着飾ってないけど、最高にカッコいいもん!」
「……っ。みゆちゃん、今の言葉、外交官として100点満点の回答ですわ。……ご褒美に、わたくし特製の『二度と取れない超強力シミ抜き』の術を伝授して差し上げますわ!」
「それ、ただの破壊工作になりそうだから絶対に結構です!」
屋根裏に、二人の明るい笑い声が響き渡りました。初恋に別れを告げた少女は、今、ありのままの自分を笑い飛ばせる、史上最強の外交官としてそこに立っていました。




