やさしい上級天使
イシグロは、なぜ地下道を抜けなければならないのだと、セラに文句を言いながら歩いた。どこで待ち伏せされているかわかったものではない。
「うるさいわね」
「上から行けば済むだろうが。こんなところで挟まれたら逃げられん」
玉座から街の外へ、放射状に気脈が吹き抜ける回廊が造られているので、すべて封鎖していかなければならないとのことらしい。そうしないと中心で起きた揺らぎはやがて街を覆い尽くすだろうと。
「すべて?いくつあるんだ?」
「他はロベルトやレベッカらがやる」
「もう他は巻き込むな」
「だからわざわざ何段階にも封鎖してるのよ」
重々しい鎧扉が現れた。
昔からある洞窟にレンガで補修してあるのだと教えられた。観光に来ているわけてはないのに、こんなものの由来など興味もないし、聞いていられるかと話した。
少しの間、鎧扉を見上げた。
「開けなさいよ」
「鍵がかかってる」
「持ってるんじゃないの?」
「これか」
イシグロは鍵穴に突き刺した。
重々しい扉を蹴飛ばすと、青空に白い雲が流れる清々しい草原が現れた。セラに何だコイツはと尋ねると、昔の世界だと懐かしそうに答えた。人が地上に現れる遥か前の世界だ。
白い帽子の少女がいた。
セラは草原に足を踏み入れた。
風も心地よい。
「これはわたしの夢の世界よ」
遥か遠くで太陽が輝いた。草が燃えながら薙ぎ倒されると、少女は炎に包まれ、熱風が押し寄せてきた。きのこ雲が見えた。空から空へとミサイルが飛んだ。焼け焦げた草原を歩いた。
「おまえは戻れ」
「舐めないで。もう耐えられる。これでもわたしは貴天使よ。すべての苦しみや悲しみを抱き締めてやるわ。新しい人に違う未来を」
「新しい世界を……か」
セラの言葉を聞いて、カルディが、都市計画にレメディオスを据えようという気持ちを理解できた気がした。ブレンディア伯爵は理解していない。彼は過去と同じことを繰り返そうとしているようにしか見えないのだろうと思った。焼けた地面から燃える草が舞い上がる小道を、二人歩いた。
「戻れよ」
「くどいわよ」
「おまえは強い奴だな」
「……」
また扉が構えていた。どこにも似たような世界がある。宇宙から何か落ちてきた世界もあれば、どこまでも砂漠の世界、洪水の世界、テロリズムの世界、処刑の世界が現れた。太陽が落ちてきたような見たこともない爆弾が光る世界も見た。
「過去現在未来の世界が現れる」
「帰れよ」
「あなたもろくなこと経験してない。舞踏会でアマランタから聞いたわ。殺されかけたことも。自分でこの世界へ来たことも」
そろそろこんな茶番もおしまいにしてもらいたいね、と笑いながら扉を開くと、湿気に満ちた玉座の間が控えていた。壁際に松明が炊かれ、数人の影が揺れていた。
玉座、朽ち果てたどこにでもある粗末な椅子の隣に、物憂げな美少年がいた。
カルディか。
アマランタ、レメディオス、ブレンディア伯爵とロイロット伯爵夫人がいて、死神紳士ブライアンが、穏やかなほほ笑みで会釈をしたので、心臓に弾を撃ち込んだ。
セラが「容赦ない」と呟いた。
ブライアンは伯爵とともに、彼の手下の魂を集められるだけ集めていた。この新しい街で己の欲望を実現するためにだ。
「ひどいではありませんか」
倒れた紳士は、余裕の笑みを浮かべて立ち上がろうとしたとき、セラが頭蓋骨を踏みつけた。するとブライアンの皮膚は焼けただれて、骨にまとわりついて消えた。
儀式をはじめるのか。
イシグロはカルディの前で排莢した。
「ブレンディア伯爵とやらは言いたいことはあるのか?カルディとやらはどうだ?」
イシグロは鍵を見せた。
わずかにカルディの瞳が揺れた。
「僕はレメディオスのために尽くさなければならない。ライアンに頼まれたんだ」
カルディが答えた。悪意はない。ただライアンとの約束を守ろうとしている、その純粋な気持ちが、彼をがんじがらめにしている。
敵が異なる扉から来た。
イシグロは冷めた表情で撃ち殺した。
「おまえは約束を守ってレメディオスに街や世界を与えようとしているようだが、そんなことをして、当の彼女が喜んでくれると思うのか?」
排莢し、臆することなく一発ずつ装填しながら尋ねた。これからレメディオスは何をするにしても「祝福」がついてくる。これからは、彼女にも激動の時代になるだろうが、玉座でカルディと対峙すれば、おそらく求めれば求めるものが入手できる。
「おまえがいなくてもレメディオスは幸せを見つけることができると思うよ」
「僕はいらないのか?」
遠くを見るように壁を見つめた。薄汚れた壁などではなく、向こうにある世界までも見ているように思えた。これまでウォルターハウスを支えてきた守護天使カルディには、すべての未来が見えているのか。
じゃ、かわいそうな奴だ。




