じゃじゃうまロイロット
喪服のロイロット夫人は、イシグロに命じられて後ろで静かにしていた。彼女はいつ死んでもいい覚悟ではなく、どこまでも生きる覚悟をしていた。
イシグロは撃ち尽くした。
排莢して、再装填した。
「人を平気で殺せるのね」
「彼らは人の姿をした死神です。天使もいるのかもしれませんけどね」
「なぜわかるの?」
「自分が死神だから見えてきました」
「経験なのね」
「ま、別に人でも構いませんよ。ここからあの馬車へ走れますか。援護します」
「走らなければ死ぬんなら」
「お手数ですが御者はいませんので」
「どうしたの?」
「死んでるのでは?」
銃撃が途絶える一瞬を待ち、イシグロはロイロット伯爵夫人に頼んだ。彼女はエントランスから、喪服の裾を上げて斜向かいの馬車の御者席にまで走った。続いてイシグロも、途中ライフルを拾いながら夫人の隣に滑り込んだ。それを見た夫人は手綱をしならせた。馬は勢いよく飛び出した。
「お転婆と言われませんでしたか」
「昔はね。わたしは何もない広い敷地で自由奔放に育てられたのよ。戦争にも志願したけど性別のせいで後ろにまわされたわ」
イシグロはライフルを構えて、隣の馬車に撃ち込んだ。レバーで排莢し、後ろから追いかけてくる敵を吹き飛ばした。
「なぜわたしがブレンディア伯爵にこだわるかというとね」
「今でないといけませんか?」
イシグロは撃ちながら尋ねた。
「お茶でもしながら話すことではないでしょうしね。わたしは前線に行く前のライアンと話したの。彼は前線を志願した。家族が準備してくれたゴールデンチケットを捨ててね。彼自身、守護天使カルディの存在を認めていて、このまま行っても前線でも守られるだろうと話してたわ」
イシグロは弾のなくなったライフルを隣に近付いてきた車輪に投げ込んだ。
「でも死んだみたいですけど?」
「そうね。ライアンは、本当に守られるべき人は妻と娘だと話した。これ以上守護天使の魂を人の欲で汚したくないとね」
「凄い覚悟ですね」
夫人はこのままの速度では曲がりきれないと思ったようで、左に飛び乗ろうとした敵ごと壁にぶつけて速度を緩めた。
「ブレンディア伯爵の新しい都市計画の陰謀も話してくれた。川の氾濫に悩まされた土地を守るからには、ロイロット家には理由があるのではないかとね。すぐわたしは調べたわ。そして土地の地下に玉座のようなもを見付けたの。ロイロットはもうすでに守護天使に見捨てられてる。これからの守護天使は家や街や国を守る。人や家ではなくてね。もっと大きなものを守る」
ブレンディア伯爵は、守護天使がいることを幸いにして、旧市街地でくすぶる天使や死神など人ではない連中を集めた。
「でもね、伯爵の屋敷にもとんでもないバケモノがいたの」
「煙草、よろしいですか?」
「ええ。誰だと思う?」
イシグロは火をつけた。
「誰ですかね」
「ロベルトよ。薔薇の庭で傍若無人に振る舞う天使を殺したらしいわ」
「聞いたことがあります。ま、無茶苦茶なじいさんですけどね」
「カルディ、守護天使はロベルトを慕っていたみたいよ。天使と死神……」
「笑える」
屋根に衝撃がした。イシグロが不安定に立って確かめると、必死で両縁を持った西ギルドの長と目が合った。
「あんたも大変だな。死神も人に支配されるのか?」
「新しい都市計画に興味がある。表向きは人の街だが、今度は天使も死神もはじめからシステムに組み込まれる。我々もおこぼれくらいもらわなければな」
イシグロは拳銃を相手の額に添えた。
「悪い話じゃない」
「特にいい話でもない。人の街は人の理性で運営されるべきだ。死神が裏でこそこそやるもんじゃない」
イシグロは引き金を引いた。
橋を新市街地へと渡ると、空からフリーダム号が現れて並走した。
「迎えに来ましたで」
「フリーダム号、夫人を頼む」
「わかってますわ。もうアマランタはんもレメディオスはんも敷地にいます。カルディはんもおるように思うんですけど」
「夫は?」
「裁判所でブレンディア伯爵と合流したみたいですわ。案内させたら一人前です」
「馬に皮肉言われるとは新しい時代ね」
夫人は真顔で答えた。
「夫人、誠に申し訳ないんだが、旦那さんは諦めてもらいたい」
「これでも二十数年暮らしたわ。諦めなければならない理由くらい話して」
「俺を怒らせた」
「しようがないわね」
途中、イシグロは夫人をフリーダム号に任せると、自分は裁判所へ行くと告げた。
「敵だらけでっせ」
「セラが何とかしてる。それに時間稼ぎに丁度いいだろ?」
案の定、裁判所へと通じる道は封鎖されていたものの、炎を上げていた。天使は容赦がない。炎から翼人が逃れてきた。
「まだ生きてるのか。天使の成れの果てのくせに。今おまえの考えてることはこうだ。弾は残っているか撃ち尽くしたか。実のところ俺も夢中で撃って数え忘れた」
相手は爪を立てて弾丸が頭を砕いた。
「忘れるわけないだろ。さっきリロードしたばっかりだ」
裁判所に向かって歩いた。
セラが現れた。
「ヒヤヒヤして見てたわ」
「映画を知らないのか。しかし派手にやらかしたな。ここじゃ死神も天使も根本は変わらん。どこで別れたんだろうな」
「良心かしら」
「つまらん。おまえたちが魂を選別しはじめたときから溝ができたんだ」
「せっかく道を開けたのに、批判されるのは納得いかないわね」
裁判所の階段の上、玄関に繋がる空間でレベッカとミランの後ろ姿が見えた。
イシグロは階段を上がった。




