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街へ

 レベッカは列車の個室にいた。そして向かいの席で横たわるレメディオスを見つめていた。自分は命令遂行のためにイシグロを裏切り、こうしてレメディオスを連れて一人、街へ行こうとしている。


 これがわたしが望んだ天使の姿か?


 悩んでもいられない。彼の暗黒街の情報網は欺くことは簡単ではない。こんなことなら死の街のギリギリまで死神と手を組んだ方が得策だったのかも。多少面倒でも聖獣で街まで行く方が……いや、まず後悔しか流れてこない思考はどうにかしないと。


『あんさんキツイことしまんのやな』


 聖獣に言われた。


『わいが昔に乗せてきた人は絶対にそんなことしませんてしたけどな。自分の心を信じてましたわ。そんで人もね。わいは広い野原でレメディオス様を乗せるのが夢なんですわ。死なせたら許しませんで』

『おまえは天使を脅すのか』

『わい、天使とか死神とか精霊なんてのも気にせんのですわ。ま、はよ行きなはれ』


 レメディオスが鎮静剤がきれてきたのかうっすらと目を覚ました。レベッカはもう一つ打つかと考えて、レメディオスのうつろな眼差しを見て、やめておいた。


「レベッカね。ママは?」

「いません。すみません。わたしはあなたを誘拐しました」

「死神さんに誘拐されるはずなのに」

「後で来ると」

「レベッカなら安心ね」


 レメディオスは何も言わないで汽車の揺れに身を任せるように天井を見ていた。


「わたし、お薬飲んだ?」

「あ、いいえ。メモが……」


 レメディオスが手を出してきたのでメモを渡そうとしたが、彼女の小さな手は紙きれ一枚も持てないほど弱っていた。


「丸薬を二時間おきに一つ。水筒の水で飲むこと。他の薬は飲まないことね。絶対にココアとコーヒーも飲まないこと」


 読んだレメディオスはココアのところでくすっと笑いをこらえた。レベッカは丸薬を一粒飲ませた。レメディオスが目を覚ましてもアマランタはいないし、どう答えればいいのか悩んでいたが、子どもの方が自分よりも頼りになる。ふと思い出して、アマランタがしていたようにレメディオス指を揉んだ。足、足首を揉んでみた。


「レベッカ、上手ね。ママの次に上手」

「いいえ。もったいないお言葉です」

「眠くなるわ」

「どうぞ寝ていてください」


 石になろうとしているかのような関節を丁寧に曲げては揉んで、足首を曲げては筋を伸ばして、寝息を立てるまで続けた。

 やがてレベッカも仮眠をとった。

 途中駅、対向列車待ちで待たされている間、レベッカは水筒に駅の近くの売店で水を求めた。レメディオスがお腹が空いてるかもしれないので、焼きたてのパンを二つ買い求めた。他に何を買えばいいのかわからなかった。あれだけ世話をしていたのにわからないなんて気持ちが落ち込んだ。

 どこかで気配が動いた気がした。レベッカは慌ててコンパートメントに戻ると、カーテンを閉めた窓から覗いて、対面のプラットフォームに人影を見付けた。

 廊下でも人を探す声が聞こえる。

 車掌の靴音。

 こちらのプラットフォームにも風体の悪い連中が駅前に立ってもいたし、連中は伯爵の仲間の下働きかもしれない。

 ノックがした。

 喉の渇きに気付いた。


「はい」

『警察です』


 レベッカはそっと扉を開いた。


「何か」


 制服の警察官が二人いた。


「ブレンディア伯爵家で誘拐事件がありましてね。犯人が首都へ向かう列車で移動しているのではと」


 コンパートメントはレベッカしかいないことを確かめると、どこまで行くのかと尋ねられたので、終点までと答えた。すると警察官は礼を述べて次の客室を訪ねた。


「ここは空っぽですよ」

「改めるだけだ」


 車掌と警察官の会話が遠ざかる。

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