レベッカとレメディオス
再び列車が動き出した。重い客車がゴツンゴツンと音を立て、ポイントで車輪を軋ませ、村から離れた。すぐにレベッカは隣室をノックすると、老夫婦が現れた。
「誘拐と聞いたが大丈夫なのかね?」
「誘拐!?わたしたちのお父さんがクロノスにいるんです。久々に会いに」
レベッカは老婆に微笑んだ。
「にしても少年みたいな格好だね」
「田舎暮らしですから」
「お姉様、怖い人来るの?」
「大丈夫よ」
賢いレメディオスは体がつらいにも関わらず、レベッカに合わせて演技した。
「お姉様、お薬飲まないと」
「そうね」
「病気なの?」
「お父様が街のお医者様に診てもらえるようにしてくれたの」
レメディオスは弱々しく答えた。
レベッカは老夫婦に礼を述べて個室に戻ると、アマランタの調合した丸薬をレメディオスに飲ませた。
「ごはん、全部食べられなくてもいい。このお水は味がついてるの。レモネードだていう飲みもの。飲んだことある?」
「はじめて。はちみつの味がする。レベッカとこうして話すのは、何かおかしい気持ちよ。いつもお世話してくれたのに話してなかったもんね」
レメディオスはレモネードを少し、パンを1/4ほど食べて諦めた。それから座席に横たわると、しばらく休憩するように瞼を閉じた。窓のカーテンから漏れ入る日差しが銀の髪を照らして天使のようだ。
美しいレメディオス……
わたしは心まで醜い。
「ね、ママはわたしのために伯爵から命令された嫌な仕事してるみたい。わたしがいなければしなくていいけど。でもママと離れるのは怖い。レベッカも悪い人?」
「わたしが悪い人に見える?」
「死神さんを撃ったわ」
「わたしたちは仲間じゃない」
「いい死神さんよ。死神さんはママに幸せになってもらいたいの。わたしも」
レベッカは膝を抱えた。いつの間にか親指の爪を噛んで考え込んでいた。
レベッカはイースト伯爵令嬢として生まれてきて、十歳少しで殺された。炎に包まれた後、なぜか天使として生まれ変わることができたが、どこでも召使い兼スパイとして道具のような日々が続いた。いつまでも掟に縛られて底辺で暮らすしかない。
「レメディオス、そんなとき薔薇の庭にあなたが現れた。純粋な心、死神ロベルトですら魅了する薔薇を愛でるあなたがね。わたしはあなたの魂が欲しい」
半地下の部屋の湿気た布団に入るたびに狂おしいほど魂が欲しくなる。清らかな魂を喰らえば力を得られる。奪おうとする気持ちに負けそうなとき、いつも窓際に奴がいた。もの憂げな顔で腰を掛けて、煙草をくゆらせながら外を見ていた。
昔の記憶なんてなきゃいいのに。
悔しい。
わたしを殺した継母を殺したい。
復讐したい。
不意に喉に熱い血がこみ上げてきた。細身のサーベルが隣と隔てる壁を突き抜けて、レベッカの背から腹をつらぬいた。身動きできないまま、二本目に右の肩甲骨を突き刺され、視野の隅で扉が開いた。
「おじいさん、狙いはまあまあですよ」
『わしの腕も衰えとらんかな』
「あんた……」
「伯爵から捕まえれば金貨十枚の賞金が出ているのでな。あんたらが警察に捕まらんか冷や冷やしていたんだが。次の駅で引き渡すまでおとなしくしていておくれ。むろん伯爵にだがね」
老婆は目の前でレメディオスを抱えようと腰をかがめていた。レベッカは二本の剣で固定され、身動きもできない。スティレットを抜くこともできないままだ。
列車が速度を緩めて車両同士がゴツンと連鎖して揺れて、勢いよく二本のサーベルが抜かれた。ベルトのスティレットで老婆の顔を仰け反らせて眼球をつらぬいた。
『余命幾ばくもない哀れな老人だ』
『仕込み杖二本持ってる哀れな老人なんて見たこともない。伯爵の仲間を教えろ』
『知らん』
『来世を楽しみに眠れ』
くぐもった声が聞こえてきた。




