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騒がしい誘拐

 伯爵は緊張した面持ちで部下の待つ廊下に出た。アマランタたちはひとまず残された。


「何かあったんですか?」


 ハルトは小声で尋ねた。アマランタはレメディオスのハルトへの言葉は嘘ではないと信じた。汚されてはならない瞳だ。


 伯爵はハルトには穏やかに「くつろいでいでくれ」と言いつつ、アマランタには目で近くに来いと命じられた。


「馬泥棒だそうだ」

「ソフィアとハルトくんはどうしますか」

「ここでおまえが守れ。せいぜい演技力でも鍛えろ」


 外で松明が動いた。これはソフィアにもハルトにも見せられない。ここまで気性の荒い連中しかいない屋敷など、街の悪の巣窟と同じだ。しかしソフィアが窓に近付いて外を見ようとしていた。ハルトはソフィアを守ろうとして肩を抱いていた。


「窓から離れて。馬泥棒だそうよ」

「明日野駆けするのに!」


 ソフィアは今すぐ廊下に出ていきそうな勢いだ。比較的、近くでライフルの音がした。近付いている。松明が散る。さすがにソフィアもハルトも身を固くしていた。


 イシグロだわ。


 アマランタは、両腕で二人を抱き締めながら耳を澄ました。窓に印はしてあるもののどう二階へ上がるのか心配だ。

 エントランスから来る?イシグロのことだからやりかねない。前世、自爆テロが失敗した後、堂々と戻ってきたくらいだ。

 二階で窓が割れた音が聞こえた。ソフィアがアマランタの手を握り締めた。震えていた。ハルトはアマランタに尋ねた。


「ハルトくん?」

「二階には妹さんがいるんですよね?」

「え?ええ……」

「様子を見てきます」

「いけないわ。あなたに万が一のことがあれば親御様に申し訳が立たない」

「僕もいて、お嬢様に何かあれば、それこそクルーナ家の恥さらしですよ」


 ハルトは止めるのも聞かずに、エントランスホールから階段を駆け上がると、レメディオスの寝室へ走った。


 お願い。

 鉢合わせにならないように。


 アマランタはハルトを追いかけた。イシグロ気付いて。身を守る武器すら持たないハルトに何もできない。彼はレメディオスの部屋に飛び込んだ。勇敢でもない。


 イシグロ、お願い!


 窓から飛び込んできたイシグロは、レメディオスを奪おうとしていた。拳銃が抜かれて、ハルトに向いた瞬間、アマランタは手の平サイズの二発式の拳銃を撃った。


「ごめんなさい……」


 イシグロは、レメディオスをシーツに包んだまま窓の外にいる女、天使で召使いのレベッカに渡した。馬は窓から離れた。


 ☆☆☆☆

「二階だ」

 イシグロは命じた。

 狙われても当たらない。龍の鎧は本当らしい。馬は「あたっ。痛っ」とうるさいのだが。前にいるレベッカにライフルを預けて、拳銃で上から狙い撃ちにした。排莢し、再装填すると、地上に撃ち込んだ。


「わいに乗る人、こんなんばっか」

「派手すぎない?」

「伯爵の目に留まらないといけない」

「なぜよ」

「身代金をいただくにしろ、伯爵が知らぬ存ぜぬじゃ話にならんだろ?」


 イシグロは窓ガラスを撃ち抜いた。

 またなぜかと聞いてくる。


「いちいちうるさいな。そうでもしないと誰かが手引きしたように見えるだろ。おまえは本当に天使なのか?」

「天使は清らかなのよ」


 レベッカは耳を染めた。


「馬、停まれ」

「停まれば落ちまんねん」

「ならすぐに迎えに来い。タイミング合わせてくれるんだろうな」

「馬に任せるの?」

「おまえに任せても馬に何とかしてもらうしかないだろうが」


 イシグロは、レベッカと馬に任せてレメディオスのいる窓に飛び込んだ。少年がレメディオスを抱いていた。こんな話は聞いてはいない。イシグロが少年に引き金を引こうとしたとき、アマランタが発砲した。


 どういうことだ。

 道化か。

 騙されたのか。

 まさか前世でも売られたのか?


 一瞬で疑念が渦巻いた。

 肩への衝撃で銃口がズレた。イシグロが少年を蹴飛ばすと、アマランタも彼を引き剥がした。何となく理解できた。計画に修正はつきものだ。

 イシグロは、レメディオスをレベッカに預けて自分も乗ろうとしたとき、レベッカの放ったライフルに吹き飛ばされ、視界の向こうに聖獣が駆け去るのを見た。


「くそ……」


 壁に背を預けて立った。廊下に出て二人を撃ち殺した。至近距離でライフルで撃ち抜かれると、うまく動けない。アマランタがこめかみに拳銃を突き付けてきた。


「こめんなさい」

「気にするな」


 膝から崩れ落ちた。次第に耳が聞こえなくなると、視界もかすんだ。イシグロは無意識に排莢していた。


「アマランタ、離れろ」


 伯爵の声が聞こえ、ライフルが後頭部にに押し付けられた。イシグロは首からさげていた鍵を廊下に突きした。

 暗闇に落ちた。


 地獄か?


 翌朝、ベッドで気がついた。包帯が巻かれていた。冷たい風が吹き込んでくる窓から巨大な馬が、顔を覗かせていた。


「よお、カール」

「わい、犬やおまへん。それに今どきこんなギャグ誰も知りませんで」


 ロベルトが入ってきた。


「私の家だ。昨夜、おまえは撃たれてそこの扉から帰ってきた。よく鍵を使えたな」

「苦しまぎれだ」

「どこでも使える」


 イシグロはベッドで身を起こした。


「レベッカの野郎に撃たれた。ムカつくにも程がある。ギリギリでやられた」

「信じきれるほどの仲でもなかろう」


 納得しつつベッドから降りた。


「歩けるのか」

「一発くらいどうこうない」

「二発食らってたがな」


 着るものを着ると、窓の外に馬が顔を覗かせてきたので撫でた。馬に紳士に見えるかと尋ねてみた。ロベルトはここしばらく紳士など見たことがないと答えた。


「駅まで頼む」

「やめておくんだ。また伯爵の連中とドンパチするのか。せっかくだから馬を使え」


 朝もやの中、外套をまとい、フードをかぶって顔を隠して、馬に乗った。


「この格好はマジで死神だな」

「わいは構いませんけど」

「奴はどこで降りた。レメディオスは安全に扱われてるのか。帝都までどれくらいかかる」

「帝都西駅行きの汽車に。扱いは丁寧でしたわ。乱暴なら許してません。わいが本気出したら汽車なんて敵やないですわ」

「馬、本気出してくれ」

「わい、フリーダム号言うんですわ。ほんまはかわいいお嬢さん乗せるはずやのに」


 線路沿いを牧歌的に歩いた。


「お仕置きしてやる」

「悪い子やないと思うんですけどな」

「俺が判断する」

「そうですな」

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