カンタレラの魔女(2)
フォルセアは半軍事政権の国。一応は民主的な議会が開かれているものの、議員の半分以上が軍閥に属している軍人で構成されている。
軍閥の中でも頂点に位置する一族が存在した。家名はイグナイル。かの一族は一国の政策方針を左右するほどの発言力を有している。
カンタレラ地方に本家を置くイグナイル一族は刻を変え時代を変えて非凡な戦士を生み出してきた。中でも名を成す女性が多いので有名である。他に例を見ないほどの戦闘勘が働く女戦士を人は『カンタレラの魔女』と呼んだ。
当代の『カンタレラの魔女』が座乗するトルベダスからの正式派遣申告を受領したのち、頃合いを見計らってデレイフ・クアンは会話を再開する。
「トルベダスっていったらイグナイル軍閥が旗艦に設定してる戦闘艦なんだよ、ジル」
彼は通信士に説明する。
「いや、わたしだってカンタレラの魔女は知ってるけど、今度来た艦隊旗艦がそうだってのまで知らないし」
「まあ、軍閥に属しない民主派軍人は身近に接することないから仕方ないが。自分だとて演習で出くわしたことなければ知る機会がなかったからな」
「もう四年か。あのときは手も足も出ずに蹂躙されたな」
当時から組んでいたケネフ艦長も苦い記憶を反芻する。
「どうしようもありませんでしたよ。なにせ、配備が進みつつあったアームドスキンの使い方を一変させた演習でしたからね」
「あの戦闘データからフォルセアの独自開発機体は設計思想を転換せざるを得なかったほどだ」
「そんなとんでもない魔女がどうしてこんなところに?」
訊かれても返答に困る。あり得ないと思っていたからこその驚愕だった。
「トルベダスは当然のように正面戦力に編入されていたはずだぞ。ランナとの戦闘の最前線にな」
無論、ケネフにも答えられない。
「艦長は派遣を聞いてなかったんですか?」
「聞いてない。計画があったなら連絡があって然るべきだとは思うが。無いということは……?」
「どこかから漏れた情報が彼女の耳に入ったってことですかね?」
デレイフは苦い思いにに口元がゆがんでしまう。
「もしかして独断ってことです?」
「軍閥でもカンタレラの魔女ほどになればある程度の裁量が許されている。物見遊山とは思えない以上、惑星キアズの情勢に思うところがあって動いたんであろうな」
「見限られた?」
軍閥ににらまれれば今後の冷や飯食いは確定である。
「そこまではいかなくても焦れったいとは思われたな。自分ならさっさと制圧できると踏んでやってきたんだろう」
「ヤバくない? ランナ相手に手こずってるんじゃなく、未開人が操る緑の出所不明艦に翻弄されてるって知られたら」
「とびきりヤバいな」
今は大丈夫でも結果として不要の烙印を押される可能性もある。本国に送還されて除隊を命じられる可能性も。日々の労働に不平を漏らしながら、過去の栄光を肴に酒を飲む未来は避けたいものだとデレイフは思う。
「どうします、艦長? これから対策を練ろうかってとこなんですけど」
タイキの勢力に対処する術を。
「私にもどうにもならんさ。むしろカンタレラの魔女そのものが対策になるんじゃないかね?」
「それ、困るんですよ」
「どうしてだね?」
苦い顔で掻きあげた髪を握り込む。
「このゴーレム、どうやらあの艦の子供たちが動かしてるみたいなんです。自分的には死なせたくないと思ってまして」
「イグナイルとなると情け容赦は期待できんか、ううむ」
「説得するしかなくなくない、トップエース殿」
ジルが朗らかに無理難題を押しつけてくる。彼の顔から表情が消えた。
(あの魔女相手に説得なんて通用するか。ましてや、まったく歯が立たなかった男なんぞの言葉に聞く耳持つとは思えない)
完膚なきまでに叩き潰される未来が予想できる。もちろん言葉による攻撃ではあるが。
「精神的に追いつめてどうする気だ、ジル。面白いリアクションを期待するな」
「いいじゃん。魔女様に噛みついて不興を買ったところで、わたしたち軍閥外の軍人は出世なんて夢のまた夢でしょ?」
「ギリギリとはいえ、まだ二十代の男に夢をあきらめさせるなよ」
彼女が言っているのも事実。彼ら民主派軍人がのんきに人情を語っていられるのも本国では主流は望めないからである。遭遇戦までは偶然だといえど、最前線ではないカグトレン星系戦線を任じられているのは主戦場とは目されていない所為でもあった。
(なにが魔女の琴線に触れた?)
デレイフの疑問を解消してくれる存在は未だ5万kmの彼方の宇宙空間にいた。
◇ ◇ ◇
トルベダスを発したアームドスキンは派手な装飾を施されている。胸にはイグナイルを表す紋章。雷を模した五叉の雷鳴剣が飾られていた。
(あれに乗れって言われたら引くな)
デレイフは不敬な思いを抱いてしまう。
派手なのは無理もない。彼女の立場は目立つのも努め。敵の目を惹き、かつ打ち倒してこそ名声を維持できるのだ。生半可な覚悟ではいられない。
(憶えているとも思えないがね)
そう思いつつ降機する小柄な後ろ姿へと歩み寄る。
「着任をお喜びいたします、カンタレラの魔女殿。お迎えに上がりました」
丁寧に挨拶する。
「貴様か、デレイフ・クアン。情けないぞ」
「憶えていらっしゃる?」
「光るものを感じたからこそ憶えていた。それなのにこのような辺境戦線でくすぶっているとはな」
彼女の言葉にデレイフは苦笑いしか返せなかった。
次回『カンタレラの魔女(3)』 「世間しらずは否めんか」




