カンタレラの魔女(3)
振り向いた魔女の面立ちは少女のようだ。正確にいえば少女で間違いない。デレイフは知っていた。
「精進すれば取り上げてもいいと思っていたが、我が目が曇っていたか?」
「ありがたいお言葉ですけがご遠慮申し上げる。自分では貴殿の閥の水が合わないかと?」
(冗談ではない。イグナイル軍閥みたいな堅苦しいところに加えられたら窮屈でたまらない。だいだい外様なんかどんな扱いをうけるものやら)
想像するだに怖ろしい。
彼女はそんなことなど気に留めもしない。そもそも軍閥内派閥の勢力争いなど知りもしないかもしれない。
なぜならスレていないからだ。『カンタレラの魔女』ラウラーラ・イグナイルは演習当時はまだ十三歳、四年経過した今でさえ十七のはず。大人の醜い確執など無様としか映っていない年頃。
「上官として魅力がないと嘆くべきか?」
「まさか。魔女にかしずくのもパイロットの誉れとは思うんですがね、どうせ背中を預けるなら酒を飲んで馬鹿を言い合う戦友がいいと感じる人種もいるとお知りおきを」
「世間しらずは否めんか」
素直なところは可愛らしいと思う。傾国の美女などとはお世辞にも言えないが、実際に可愛らしい少女なのだ。
首元までで整えられた見事な金髪は毛量の所為か膨らんで見え、それが余計に幼さを感じさせてしまう。目にかからない程度の前髪を作っているところにも子供っぽさを覚えた。
内巻きの癖の強さから頬の輪郭をくすぐるように毛先が遊んでいる。特に頭頂から左右に跳ねている房はまるで触覚のように見えた。頭が動く度に揺れるさまが目を惹いてやまない。
ぴったりとしたフィットスキンは十分に女性を感じさせるラインを描き始めていた。蠱惑的というにはほど遠いものの、凹凸を感じさせなかった十三の頃など比較にならない成長を見せている。
ただし、フォルセア軍の無粋なグレーベースのフィットスキンは女性美を象るにはいささか足りない。首から上の曇りのない白い肌を際だたせているだけ。
細いおとがいから上に延びる頬のラインはすっきりとした曲線を描いて髪の中に消える。化粧っ気のない少女の唇は引き結ばれていることが多く、薄く桜色。若干低いながらも整った鼻梁を金色の前髪が撫でる。
特に印象的なのは目だろう。つり気味で切れ長、長いまつ毛に縁取られている。その瞳は明るい紫。そこに輝くような覇気が込められていた。
こうして見れば美少女以外のなにものでもないのだろうが、惜しむらくは鼻元を彩るそばかすだろうか。本人も気にしているようで、前髪の真ん中だけを伸ばして隠すようにしていた。
「じろじろ見るな」
ラウラーラは若干はにかむような仕草。
「そう言わんでください。お可愛らしくなられたと見惚れていたのです」
「世辞はいい」
「軍閥に興味を示さない自分にお世辞が必要だとでも?」
少女は目を伏せる。
「そんなに恥ずかしがらなくても」
「慣れんのだ」
「そうでしたか」
(かわいそうでもあるな。どうせ幼いときからイグナイルの自覚を教え込まれて育ったんだろう)
ちょっと哀れに思う。
(周りにかしずかれて、どの言葉もおべっかとしか思えなかったとしても仕方ない。ましてや十代前半の頃から『カンタレラの魔女』として祭り上げられてきたとあってはな)
「貴官の属する艦隊司令に挨拶しておこう。案内を頼む」
そのために顔見知りであるデレイフが出向いている。
「では第十四艦隊司令のところへご案内しましょう」
「民主派軍人は我が顔など拝みたくないかもしれないがな」
「とんでもない。魔女殿が分け隔てをしない人物だと知れば喜んでお迎えすることでしょう」
会わせる司令も、ただの気のいい中年でしかない。
「笑顔の一つでも見せてやればイチコロですよ」
「一人で数十の敵を相手するより難しいことを言う」
多少は打ち解けてきたと軽口を交えた。
(そっちの問題が残ってたな)
現実に引き戻される。
(三十機以上を前に、一人で一歩も引かない構えを見せるとんでもない馬鹿が拠点化作戦を妨げてるなんてね)
「状況についてはどれくらいご存じで?」
探りを入れておかねばなるまい。
「苦戦しているとだけ。貴官がなにを相手に……」
「ようこそ、メタリヤへ!」
肝心なところを聞く前に横槍が入る。滑走路を歩く彼らの横に車輪付きという骨董品の車で乗り付けたのはこの国の元首であった。貸し与えている翻訳機を手に笑いかけてくる。
「フォルセア軍でも最強と名高い方がいらしたとうかがったが、このような美しい人物であったとは」
大げさに驚いている。
「なにものか?」
「私はこのメタリヤ連邦国大統領ロイ・デナルド。どうぞお見知りおきを」
「原住民か。いずれ話を通す。待っておれ」
冷たい物言いにも怯まず笑顔を振りまく。
「そうおっしゃらず。我らの栄光の未来を司るこの同盟、是非にも深化の提案をお聞きいただきたく」
「だから後にでも……」
「我らにもアームドスキンを貸し与えていただくわけにはいきませんか? さすれば貴殿の軍の手を煩わすことなくこの地星を平定できるとお約束いたします」
メタリヤ大統領はこれまでも同じ提案を再三再四してきた。当然、そんな危険な提案を飲むわけもなく退ける。業を煮やした彼は、重要人物の来訪の報を聞いて直談判にやってきたらしい。
「よりよい関係を築くためにも必要な手順だと思いますれば」
「で?」
「将来の友邦を育てるための投資を」
「居ね、俗物が」
切って捨てるラウラーラに、デレイフは天を仰いだ。
次回『カンタレラの魔女(4)』 「遊ばれているのか?」




