カンタレラの魔女(1)
相手を驚かせないよう、デレイフ・クアンは華奢な背中の名前を呼びながら優しく肩に手を置く。彼の編隊の通信士ジルは巻き毛を揺らして振り向いた。
「やあ、我らのアイドル」
そんな呼びかけに彼女はくすりと笑って応じる。
「なあに、ドルセセフのヒーロー。例の件?」
「お察しのとおりさ」
「すんでるわよ」
ジルは開いていた複数のパネルを指で弾いて脇によけると新しく大きめの投影パネルをデレイフ寄りに作る。そこに現れたのはキアズの戦闘艦が繰り出した新型アームドスキンのモデル。
「明らかにリザードの発展型」
横にタイキ機が表示されて類似点がピックアップされる。
「だろうな。レンズアイがワンセット増えてて不気味さも増してるし」
「観測分析力もあがっていると思うべきね。これは推測にすぎないけど」
「ただでさえ厄介なリザードタイプなのにな」
画面が等尺に変わるとリザードは新型の肩までくらいしかない。
「ボディは大型化してるか。そこになにが詰め込まれたんだか」
「戦闘データが足りなくて確たることは言えないんだけど、純粋にパワーアップしていると思えるわね」
「これは白兵戦闘時のモーメントか? 友軍機の腕の駆動系に掛かっている負荷はタイキ機の30%は上回ってるじゃないか」
両機の間にパワーバーが出る。上昇割合が一目で分かるようになっていた。
「その厄介な機体があの機動性能で動き回ってくれそうよ」
「勘弁してほしいもんだ。うちの連中が撃退されても文句は言わせないぜ、このスペックならな」
「だから言ってないだろう?」
新たな声の主はドルセセフ艦長ケネフ・ペスタリオであった。いつの間にか後ろからのぞき込んでいる。
「やはり重力波フィンらしき機構が二対になると機動性も二倍になっているかね?」
ケネフもガンカメラ映像は目にしているようだ。
「単純に二倍とはいきません。が、加速力の実測値が最大34%まで上がっています。初確認機であると考えるとこの数値が全力だとはとても……」
「悩ましいことだな」
「問題は加速力だけでなく旋回能力も向上している点でしょう」
もう一枚のパネルに転進する新型機の映像。
「このように素早い転進や旋回を行っています。機動性能においても大規模な底上げが行われているのではないかと」
「だそうだよ、デレイフ君」
「他人事みたいに言わないでくださいよ、艦長。今後は戦場まで付き合ってもらいますからね?」
運用上の問題を上申してある。スピーディーな展開は難しくなるが、次の出撃以降は基本的に戦闘艦単位での作戦行動をする予定。
今回の戦闘のように中破機が自力飛行できる距離が怪しくなると随伴機を付けなくてはならないでは困る。それだけ戦力減で対応できる相手ではなくなったということ。
戦闘艦が随伴していれば損傷機を収容できる。損傷具合や部位によっては、即時に換装して再出撃も可能。戦術の幅は遙かに上がる。
「それで、この新型はなんと呼ぶのかね?」
当たり前のように彼のほうを向く。
「こいつもですか?」
「リザードって名付けたのもあなたなんでしょ?」
「ジルにまで期待されては辞退はできないか。……さしずめ、石人形ってとこか」
頭部が角の丸まった方形をしているところから、雑に削りだした人形を思わせる。そこから連想したのは、おとぎ話に出てくる魔法で作った石人形だった。
「ふむふむ、すばらしいね。では新型の共通コードは『ゴーレム』で申告しておこう」
「悪目立ちするのは本意じゃないんですけどね。これもタイキ・シビルが戦闘協約ボードに機種名を更新してくれない所為だ」
国際交戦協約の情報ボード。政府や軍関係筋であれば誰でもアクセスできるハイパーネット上のインフォメーションボードである。俗に「戦闘協約ボード」とも呼ばれる。
軍事機密に属するので開発状況やスペックがアップされる訳はないが、新規導入機体でも機種名くらいは更新されるもの。それが暗黙の約束みたいになっている。
使用するのも領宙侵犯機や降伏勧告時などが主となるので呼び名ぐらい分かると便利だというニュアンスである。要は共通認識の問題。
「ジル君、手当は出すから解析データも譲ってもらおう」
ケネフが気前のよいことを言う。
「やった!」
「君が頼んだのかね?」
「そうです。解析班の仕事なんですがね、あそこは今キアズの国際情勢とか言語、文化風習に至るまでの調査で忙殺されてるじゃないですか? 新型の解析は自分には死活問題なもんで個人的に依頼しました。地上で現地の珍しい料理をごちそうする約束でね」
メタリヤに上陸しての食事はブームになっている。
「では、その権利も譲ってもらおうか」
「勘弁してくださいよ、艦長」
「わたしの可愛さが罪なのね」
通信士は上機嫌だ。モチベーションコントロールも彼の任務ではあるが、ジルとの食事の機会を持っていかれるのは業腹である。
『通常空間復帰反応。カテゴリⅢです』
システムが警告を発した。
「カテゴリⅢだと? 十隻弱ってとこか。多いな」
「所属確認急げ」
『超光速通信が入っています。発信は戦闘艦「トルベダス」。接続しますか?』
彼の背は跳ね、ケネフ艦長も目も細める。
「トルベダス!?」
「え、なになに?」
「マジか。……『カンタレラの魔女』が来た」
デレイフの背筋を走ったのは戦慄だった。
次回『カンタレラの魔女(2)』 「そんなとんでもない魔女がどうしてこんなところに?」




